605話 果て無き死闘
一方その頃。対魔王軍側戦線中央。
テミスとタラウードが激突するその戦場では、嵐のような死闘が繰り広げられていた。
「ゼェェェエエエエイッ!!!」
「ハァッ!! ラァッ!!」
タラウードの剛力を以て振り下ろされる戦斧を、テミスが鋭く振るった漆黒の大剣が弾き飛ばし、返す刀で斬り込んだテミスの剣を、タラウードの放つ魔法が圧し返す。
その攻防はまさに一進一退。
互いに、確実に相手を仕留める事のできる一撃を持たぬが故に、戦局は拘泥しつつあった。
「ヌゥゥゥゥゥッ!!! 小癪なァッッ!!!」
「喰らうかッ!」
刹那を削る攻防の隙間で、業を煮やしたタラウードが苛立ちの方向と共に高々と戦斧を掲げ、魔力を集中させる。
その瞬間。大技が来ることを察したテミスが素早く退き距離が開くと、二人の間に張り詰めた緊張感が周囲へと伝播した。
「っ……!! ハァッ……ハァッ……」
「ムフゥ~……フハァ~……ブフゥ~……グク……グハハハハッ!!」
両者が互いを射殺さんばかりに睨み合いながら、大きく肩を上下させて一息を吐くと、不意にタラウードがニンマリと頬を歪めて高笑いをあげて言葉を続ける。
「随分と悠長だなァ!? 儂を殺すのではなかったのか? それとも、大層な口上を垂れておきながら、その程度なのか? こうしているうちにも、我等の兵士がお前の大切な町を蹂躙しているというのになァッ!!」
「ッ…………!!」
ギシリ。と。
タラウードが放った挑発に、テミスは奥歯が軋むほど固く歯を食いしばって、自らの内に滾る激情を制御する。
タラウードとて紛いなりにも軍団長を務める猛者、挑発に乗って安易に切り込めば手痛い一撃を食らうのはこちらだろう。
だが事実として、タラウードの命令によって動き始めた魔王軍の兵士たちは、テミス達を大きく迂回してファントへと向かっており、この戦いに早急に決着を付けなければ、タラウードの言葉が現実のものとなるのは時間の問題だった。
「…………」
しかし。
テミスは静かに大剣を地面とは水平に構えると、突撃の姿勢を取って深く身を落とす。
「ハンッ……!! 何を企んでおるのかは知らんがな……」
「フッ……!!」
「そのような温い攻撃が、この儂に届くとは思わぬ事だァァァッッ!!」
テミスの姿が掻き消え、戦斧と大剣を打ち合わせるけたたましい音が響き渡ると同時に、それに勝るタラウードの大きな怒声が戦場の空気を震わせる。
それでもテミスの動きが淀む事は無く、目にも留まらぬ迅さでステップを刻みながら、次々と鋭い剣撃を叩き込んでいく。
「壱式・閃き」
「ムンッ!!」
――鋭く迅く、タラウードの胸を穿つべく、閃光のように放たれた刺突は、分厚い甲冑に護られた手甲が防ぎ。
「弐式・空薙ぎ」
「軽いッ!!」
――背後に回り込んでの胴薙ぎの一撃は振り上げられた戦斧が弾き。
「参式・雷切ッ!!」
「遅いわァッッ!!」
――大きく飛び上がり、唐竹に振り下ろした一撃は機敏な動きで躱される。
「クッ……!?」
そして、淡々と攻め続けるテミスの連撃を受け切ったタラウードが、万力を込めて一撃を振るう。対して、その一撃を大剣で受け止めたテミスは、その威力を殺し切れずに身体ごと吹き飛ばされた。
「所詮は人間ッ!! 真なる技を食らって果てろォッ!!」
しかし、タラウードの反撃はそれだけに留まらず、力強く地面を蹴り抜くと、放たれた弾丸のような速度で吹き飛ばされるテミスに追い付き、魔力の込められた戦斧を高々と振り上げる。
「暴魔烈破ァァァッッ!!」
「グゥッ……アアアアァァァァッッッ!!!」
瞬時にその動きに反応したテミスは再び大剣で戦斧を受け止めるが、斧に渦巻く魔力流は大剣をすり抜けてテミスの身に届く。
結果。
テミスは苦悶の絶叫と共に派手な土煙を上げながら転がるように吹き飛ばされ、地面の上へに倒れ伏した。
「ガハハハハッ!!! どうだ! 濃密な魔力の塊をその身に受けた気分は? まあ、とはいっても聞こえてはおらんだろうが……」
「っ……!!! 穢……らわしい……最悪の……気分だ……」
「ムゥッ!!?」
その姿を見たタラウードが、自らの勝利を確信して高らかに笑い声をあげるが、呻くように紡がれたテミスの言葉に目を見開いて戦斧を構え直す。
「馬鹿なッ!! 確かに直撃したはずッ……!!」
「だったら……大した技じゃなかったという事だろうな……」
薄く立ち上る土煙の中で、テミスはニヤリと不敵な笑みを浮かべてゆらりと立ち上がり、大きく息を吐きながらタラウードを見据える。
「フ……フンッ!! 死に損ないがッ!! 貴様のその忌々しい甲冑が威力を和らげただけの事ッ!!」
「っ…………」
そんなテミスに対して、タラウードは再び戦斧を構えて魔力を高めるが、テミスはただ黙したままそれを見つめ、頭の中で策を練る。
……どうする? こちらの消耗は既に限界。大技で一気に決めるか? だが、この男と相打つ訳には……。
テミスは極度の疲労で霞む頭で必死に思考を紡ぐも、有効な手立てが思い浮かぶことは無かった。
タラウードを斃す為に全力をつぎ込めば残敵を掃討する余力が残らず、かといってタラウードは今のテミスにとって、余力を余して勝利できる相手ではない。
……手詰まりかッ!?
そんな思考が、テミスの脳裏を過った瞬間。
「ふぅ~ん……? なかなか頑張るじゃない。あの時の私もこんな感じだったのかしら?」
戦場の上空から、のんびりと間延びした女の声が響いたのだった。




