57話 軋轢を越えて
「本ッッッッッッッ当~~~~にすまなかった!!!!」
深々と頭を下げたテミスの叫びが、執務室の中に響き渡る。
ルギウスの話を聞いた後、サキュドとマグヌスからそれぞれ彼の話を教えられたテミスは、ようやく自らの誤解に気が付いたのだった。
「ははは。まぁ、仕方ないさ。良くも悪くも君は、魔王軍の中で異質な存在だからね。近付いてくる者が皆敵に見えても不思議ではないし……事実、その判断は正しいだろう」
「そう……言って頂けるのなら……恐縮だ」
「僕も僕だしね。十三軍団が出立した直後に第五軍団が入り込んだ時、君の目からどう映るかを考えていなかった」
柔らかな笑みをテミスに向けながら、ルギウスは部屋の隅に放った剣を拾い上げて腰の剣帯へと戻す。
「いやしかし、君には驚かされ通しだよ。色々な意味でね」
そう前置いたルギウスはテミスの執務机へと戻ると、山積みになっていた書類の中から一枚を摘まみ上げる。
「一体君は、どんな視点で物事を見ているんだい? 効率的な兵の運用方法に、現場で判断する裁量の大きさ……とてもじゃないが頭が追い付かなかったよ。ハルリト君も頭を抱えていたようだしね」
「……そうか? 私はただ、思ったようにやっているだけだがな?」
テミスは頭を上げると、部屋の片隅に飾られている甲冑の横に背負っていた大剣を立てかけた。懐かしいな。初めて町の警備体制などを確認した時は愕然としたものだ。駐留軍は町の警備隊に警邏を任せきりで遊兵化しているし、全ての判断が軍団長に集約されているため、不測の事態に対応できない。要するに、この世界の労働生産性は中世レベルだった。
「ところで……今回の件で一つ、思い付いたことがあるんだけど……いいかな?」
「なんだ?」
立てかけた剣にかぶっていた軍帽をひっかけていると、書類を机に戻したルギウスの声が真面目な色を帯びた。
「第五軍団と第十三独立遊撃軍団で共闘関係を結ばないかい?」
「共闘関係? 何を言っているんだ? 既に共闘関係だろう」
テミスは体ごとルギウスの方に向き直ると、露骨に眉根を寄せて脳を働かせる。このルギウスと言う男の言う事だ、どうせこの話も額面通りのものでは無いだろう。ならばこのセリフの裏に含まれている意味はなんだ?
「第十三独立遊撃軍団はその特殊性もあって数が少ない。だから、本来の役目と同時に都市防衛を担うのは無理が生じるだろう?」
「ああ……今回もその隙を突かれたようだしな?」
自嘲的な笑みを浮かべたテミスが、皮肉気に頬を歪めて呟く。今回は偶然、ルギウスがこのような人柄だったから事なきを得たが、事実としてファントに隙を作ってしまったのは痛恨事だ。だが同時に、軍団を動かさねばテプローの人間を無傷で救うのは不可能だっただろう。
「そう。だから協力するんだ。幸い、僕と君の目的は重なっている部分が多いからね。正直に言って、ギルティア様の理想を正しく理解しているのは僕たちだけだろうし……」
「協力……ね……」
つい最近、似たような話をケンシンにも持ち掛けられたな……。もっとも、あちらは条約だのと勿体付けてはいたが……。等と考えながら、テミスはルギウスの顔を眺めて情報を精査する。
事実として、悪い話ではないだろう。十三軍団の人員不足は間違いないし、協力関係を結んで、不在時の守護や援軍を要請できる相手が魔王軍の中にできるのは心強い。だが……。
「対価はなんだ? 協力と言う以上、我らが第五軍団に対して差し出す物があるはずだ。それにお前達にもギルティア殿から任されている任地があるだろう?」
「そうだね。対価……というか、僕らが十三軍団に求めるのは依頼だ。ギルティア様と同じように、君達に対して依頼を出す権利を戴きたい」
「なるほど……」
テミスは思わずつぶやいてから、そう来たか……。と言う言葉を呑み込んだ。ルギウスが集めた情報を元に私達が動けば、第五軍団は労せずして自らの敵を排除することができるだろう。
「だが、我らが第五軍団の旗下に出向いても無意味だろう? 我らは当然、ファントを空ける間の守護を第五軍団に要請する。それでは兵が入れ替わるだけだ」
「ああ。それは問題ないさ」
テミスの問いかけに対し、ルギウスは不敵な笑みを浮かべると続けて口を開く。
「ウチの旗下では戦闘は起こらないからね」
「なにっ……? 何故そう言い切れる?」
「簡単な事さ。人間達と仲良くすればいいんだ」
それができれば苦労はしない。そう思いながらテミスは、薄い笑みを浮かべて言い放ったルギウスへと半眼を向ける。
「信じられないのは無理もないけど本当の事さ。人間たちは戦いたくない。そして僕たちは戦う必要が無い。なら、互いに歩み寄るのが賢明じゃないか?」
「いや、しかしだな……向こうは向こうで上が許さんだろう……」
人間達の後ろには例の神を自称する女や、その手先の転生者共。そして、それらを野放しにしている王が居る。最前線の村や町が何を言った所で、奴等の欲望が留まるとは思えない。
「それはやりようさ。戦っているように見せかけるのは簡単だよ。事前に打ち合わせをして、無難な感じに引き分ける。あとはこれをある程度時間を置きつつ繰り返しながら押したり退いたりすれば、拮抗した戦線の出来上がり。あとはあちらさんバレないように、交易したりやりたい放題って訳だ」
「っ……」
とんでもない化け物だ。とルギウスの言い放った言葉を聞いたテミスは、内心で震えあがった。確かに、言葉にすればそれは単純で簡単なのだろう。しかし、それを実践するとなれば話は別だ。敵対心を越えて、かつ同じ目標を掲げて偽装するなど……並みの策略ではすぐに破綻するだろう。
「ああこれ、ギルティア様には話してあるけど、他には他言無用で頼むよ? 特にリョースとかドロシーあたりに嗅ぎつけられると面倒だからね」
笑顔でそう言い放ったルギウスに対して、テミスは無言のまま首肯する。つまりこの男は、小規模ながらもギルティアの夢見る理想郷を完成させているのだ。
「フッ……私も、認識を改めんとな……」
そう呟きながら、テミスはルギウスから視線を外す。生前の固定観念によるものが大きいのだろうが、今までは強大な力を持つ魔王やそれに類する者はその力に頼るという認識だった。
「まさかここまで強かで、柔軟な者が居るとは……」
まるで主人公のような男だ。とテミスはルギウスを見て思う。平和を愛し、その智と志を以て理想へと突き進む。胡散臭い所をのぞけば、まさに物語の主人公だ。
「その申し出、喜んで受けさせて貰おう。よろしく頼む。ルギウス殿」
テミスは一つ頷いてからルギウスに歩み寄ると、自らの右手を差し出した。今回の一件自体がこの為の布石である可能性は否めないが、ケンシンを信じたのならばこの男を信じてみるのも悪くは無いだろう。
「ありがとう、テミス軍団長。僕を信じてくれて感謝するよ。だからどうか、僕の事はルギウスと呼んでくれ。背中を預ける戦友に殿を付けるのは、少し寂しいからね」
「フッ……ならば私もテミスで構わんよ」
そう言ってテミスが頬を緩めると、ルギウスの右手がテミスの右手に重ねられた。こうして、最前線の町の片隅で結ばれた密約が、世界を大きく動かすことになる事を今は誰も予想だにしなかった。
結ばれた手の向こうでは、暮れかけた陽に隠れた星空が、静かにファントの町を見下ろしているのだった。
本日の更新で第二章完結となります。
また数話の幕間を挟んだ後に第三章がスタートします。
拙い作品ではありますが、楽しんでいただけていれば幸いです。
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2019/09/13 棗雪
2020/11/23 誤字修正しました




