表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第12章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

617/2302

599話 紅を浴して

「お……おおぉ……」


 その姿は美しかった。

 視界に入ったのは突き出された短槍を躱した交叉の刹那。

 身体は血と泥と汗にまみれ、顔は猛り狂う憎しみで歪んでいる。

 しかし、その目が放つ眩いばかりに気高い輝きは、敵であるシモンズさえも見とれてしまう程だった。


「ハアアアァァァァッ!!!」

「――おっと」


 続く第二撃。

 荒々しい咆哮と共に突き出された紅槍が、更に身を翻すシモンズの肩を掠り、浅く裂いた。


「私は……絶対に諦めないッ……!!」

「あれは……」


 再び空中へと浮かび上がり、クルリと宙で一回転して制止するシモンズの前で、両手に槍を携えたサキュドが口を開いた。

 右手には、漏れ出る魔力で輝く紅槍を。左手には、その穂先がまるで炎でも灯っているかのように揺らめく、蒼い短槍を握り締めて。


「もう、出し惜しみは無しよ。私は全てを懸ける」

「紅の魔槍に蒼の短槍……よもやとは思うておったが……」


 ゴクリ。と。

 見開かれたシモンズの目に欲が宿ると同時に、萎びた喉がゴクリと大きく生唾を呑み込んだ。

 その一族(・・・・)の事を、シモンズはよく知っていた。

 決して老いる事無く悠久の時を生き、夜の支配者と恐れられたその一族の事を。

 老いゆく体に怯えながら、一つの望みをかけて渇望したものだ。

 爛々と目を輝かせ始めたシモンズに、サキュドは大きく息を吸い込みながら槍を突き出すと、己が敵を静かに見つめながら言葉を紡ぐ。


「我が名はサキュド。夜の支配者たるツェペシが末裔。一族が誇りに懸けて……魔王軍第十一軍団軍団長シモンズッ!! お前を討つッ!!」

「ホッ……ホホホホホホッ!!! 一族(・・)ッ!! 一族と言うたな!? 間違いないッ!! ヒョホホホホッ!!!」

「っ……。何よ。気持ちの悪い……」


 しかし、高らかと述べたサキュドの口上など無視して、シモンズは宙に浮かんだまま転げ回って、その全身で狂喜乱舞していた。

 その、異様とも思えるシモンズの態度に、サキュドは二本の槍を構えたまま、身を低くして様子を窺う。


「伝承はッ!! 記録は本物じゃったッ!! それだけではない……未だ若く、未熟な真祖ッ!! そんな極上の検体まで我が前に現れるとはッ!!」

「あぁ……そういう……」


 歓喜するシモンズの言葉を聞いて、ようやくサキュドは得心した。

 吸血鬼は魔族の中でも恐ろしく長命だ。故に、それを羨んだ魔族が、その悠久の時を求める事もある。


「馬鹿な男。この槍の意味(・・・・・・)も知らないで……。でも、お前がその手の連中なら、この槍を抜いたのはある意味で正しかったわね」


 サキュドは苦々しげな表情を浮かべ、握り締めた短槍へ視線を落とした。

 この槍はサキュドにとって、憎しみの象徴でしかない。

 本来、ツェペシの一族が携える槍は二本一対なのだ。それは、個を示す紅の槍と、全……つまりは、一族を表す蒼の槍。

 そして、ツェペシが一族が蒼の槍の穂先を向ける相手。その瞬間、相手はツェペシが一族の敵として、永劫に認知される。


「ホント……忌々しい。この槍を抜くくらいなら、死んだほうがマシだと思っていたのに」


 ジャリィッ……と。

 サキュドはそう独りごちりながら、低く落とした姿勢を更に沈めると同時に、その背に羽を展開してシモンズを見据える。

 私は、乗り越えなければならないのだ。たとえ、棄て去ったはずの()を頼る事になっても。私がなりたい私になる(私の正義を貫く)ためにッ!!


「シモンズ。悦ぶと良いわ。アナタが焦がれた一族の手によって死ねるのだから」

「ヒョホホッ!! 青い、青いッ! うっかり殺してしまわんでよかったわいッ!」


 唇を半月状に歪め、嗜虐的な笑みを浮かべたサキュドがそう告げると、シモンズもまたニンマリと嫌らしい笑みを浮かべてそれに応ずる。

 そして、両者の間に一瞬の沈黙が流れた直後。


「フ――ッ!!」


 蒼い燐光を残して、サキュドの姿が戦場から掻き消える。

 須臾の間にサキュドが移動した先はシモンズの頭上。完全に死角となった直上から、サキュドは短槍をシモンズの頭に目掛けて投擲する。

 しかし。


「ホッ――」


 シモンズは気の抜けるような掛け声とともに体を逸らし、短槍は寸前の所で躱されて足元へと突き刺さった。

 それでも……。


「アハァッ! これでおしまいッ!!」

「クッ……」


 シモンズが僅かに動いた刹那の時間で、サキュドはその背後に回り込んで紅槍を振りかぶっていた。

 狂笑と共に突き出される紅槍に視線を走らせたシモンズの口から、はじめて息が漏れる。

 蒼槍によって限界まで強化された肉体を用いての超速戦闘と、凄まじい威力を持った紅槍の猛攻を組み合わせた連撃は、確実にシモンズを追い詰めていた。


「あと一手」

「っ――!!!」

「あと一手足らんかったのう?」


 だが、静かなシモンズの声と共に、まるで大岩にでも突き立てたかのごとき固い感覚と、鈍い音が辺りに響き渡った。

 突き立てたはずの紅槍の穂先は、シモンズの背中の寸前で止まっており、サキュドがいくら力を込めたところでびくとも動かない。


「さて。これで終わりじゃ」

「えぇ――」


 ゆっくりとサキュドを振り返りながら口を開いたシモンズに、サキュドはまるでテミスの狂笑のように頬を歪めて首肯した。


「――知ってた? 吸血鬼(私達)にとって、『個』と『全』は同義なのよ」

「オッ……ゴホッ……!?」


 その瞬間。

 突如としてシモンズの胸を紅槍が貫き、穂先と共に吹き出た血がサキュドへと降り注ぐ。


「ま。私には理解できないけれどねぇ……」


 その血を全身に浴びながら、クスクスと嗤い声をあげるサキュドの手には、蒼い短槍が握られていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ