592話 最後の一兵まで
ドサリ。と。
傷付いた魔族兵が膝を付いたのは、フリーディアが助太刀に入ってから四集団目を切り伏せた時だった。
「悪い……フリーディア殿。そろそろ、限界でさぁ……」
「っ……!! 充分よ。後は任せてすぐに退がりなさい」
「あぁ……すまねぇ……」
「っ…………!!」
短く言葉を交わし、撤退していく魔族兵士の背を見送ると、フリーディアはぎしりと歯を噛みしめた。
周囲を見渡せば、もうこの戦場にはファント側の兵は数えるほどしか残っていなかった。
対して、ロンヴァルディアの騎士達は消耗こそしているものの、未だその勢いは衰えておらず、既に情勢は決したも同然だった。
「フリーディア様……これは流石に……」
「冗談じゃ……ねぇ!! 俺は……俺はまだ……やれますッ!!」
フリーディアを守る様に駆け付けたカルヴァスが重く口を開くと、一歩遅れて飛び退いてきたミュルクが叫びをあげる。
「騎士の誇りも……何もかもを捨てたんだ。絶対に負けてたまるかッ!!」
「ミュルク……。気持ちはわかるが……」
迫りくるロンヴァルディアの騎士達に剣を構えたままいきり立つミュルクに、カルヴァスは苦々しい顔で諭すように語りかけた。
現状の戦力差では、僅かばかり届かない。
その事実は、変えようのない現実だった。
ならば、フリーディアの腹心であるカルヴァスが取るべき行動は一つだけ。全てを捨て去ったとしても、カルヴァスの最奥では揺るぐ事の無い忠誠心が燃え盛っていた。
「……駄目よカルヴァス。私は諦めない。それに、そんな事をしても意味が無いわ」
「……っ! フリー……ディア様……」
「私達もロンヴァルディア軍もほぼ壊滅状態。今、魔王軍を止められるのはテミス達だけだわ」
しかし、フリーディアは鋭い眼差しでカルヴァスの瞳を覗き込むと、毅然とした口調でそう断言した。
そして、鈍重な動きで剣を構えると、大きく体をふらつかせながら言葉を続ける。
「だから……絶対にテミスの邪魔はさせない。させちゃいけないッ!!」
「ッ――!! フリーディア様ァッ!!」
「――っ!? 腕が――」
よろり。と。
言葉と共に、既に疲弊しきった身体で前に出たフリーディアに、ロンヴァルディアの騎士の剣が高々と振り上げられた。
だが、それに応ずるべく体を捻ったフリーディアの腕が動く事は無かった。その結果、フリーディアは歯を食いしばったまま騎士を睨み付けるばかりで、彼女の無防備な背に剣が振り下ろされる。
「止せェッ!! そのお方は――」
「――アタシ達の、同胞さ」
しかし、高々と振り上げられた騎士の剣がフリーディアに叩き込まれる事は無く、その代わりに、カルヴァス達の背後から飛来した小さな火の玉が騎士の顔面に直撃して爆発した。
「総員! 副武装を装備しな! 多少でも魔力が残ってる奴は援護に回れ!」
「お前……達は……」
驚愕に目を見開いたカルヴァスが目を向けるとそこには、後方支援を任されていた筈の第四分隊の面々が、腰に剣を携えて肩を並べていた。
「悪いね。夜が明けてすぐに走ってきたんだが、魔術師の足じゃどうしても時間かかっちまってさ。御覧の通り、飛んでくる魔力なんざ残っちゃいなくてさ」
「いや……だがしかしっ……!」
「っていう事は魔法も無しで!? 無謀だわ!」
ニンマリと自身に満ちた笑みで語りかけるコルカに、カルヴァスは言葉を詰まらせる。同時にフリーディアが、次々に自分達を追い越して抜刀し、騎士達に向かっていくローブ姿の兵士たちを見て声をあげた。
魔法を主として戦う彼女たちは、前衛を担う兵士達とは異なり、肉体を鍛える訓練は施されていない筈だ。
だからこそ彼女たちは、その強力な術式を十全に生かす事のできる後方部隊を担っているのであって、近接戦闘で騎士達に勝ち目は無いだろう。
「ハンッ……。今のアンタ等だけで戦う方が無謀だっての。見な!」
「なっ……ぁ……」
「凄い……」
ギャリィンッ!! と。
フリーディア達の心配をよそに、ローブ姿の兵士たちは次々と甲冑の騎士達と剣を合わせ、戦闘に突入していく。
普段から前衛として戦っているフリーディア達から見れば、動きに多少の固さやぎこちなさはあるものの、彼等は魔術師とは思えない動きで騎士達と相対していた。
「アタシ等魔術師は魔力がカラになりゃ役立たずだ。けどな、ウチの大将はそれで許してくれる程優しくは無いんだよ。第四分隊の魔術師全員、最低限の近接戦闘ができる程度には鍛えられたのさッ!!」
コルカは何処か得意気にそう叫ぶと、騎士の一撃を受けて体勢の崩れた兵士を援護すべく、小さな炎を打ち出して言葉を続けた。
「そんでも、本職とは比べものにならねぇがね……。けどこの状況だ……居ないよりかマシってもんだろッ! と! ホラ! あと少しなんだろ! 呆けてないでアンタも戦う!」
「っ……!! これなら……!!」
フリーディアは、器用に兵士たちを援護しながら檄を飛ばすコルカの言葉にコクリと頷くと、疲弊しきった身体に全霊の力を込めて駆け出したのだった。




