591話 守るべきもの
ズズゥンッ……。と。
天を衝く閃光が空を穿ち、響き渡った地響きは、ファントの町を挟んだ逆側で戦うフリーディア達の元にも届いていた。
「なん……だ……アレは……?」
「っ……頑張っているみたいね……貴女も……」
チラリと後方の空へと目を走らせた後、フリーディアは小さな声で呟いて、自らと鍔迫り合いを演じる騎士の剣を払う。
「あっ――!」
「遅いッ!!」
自らの剣が流されたことに気が付いた騎士は慌てて、崩れた体勢を立て直そうと脚に力を籠めるも、軽やかな動きで連撃へと繋げたフリーディアの剣によって貫かれる。
「グフッ……お……見事……ッ!!」
「……。生き残れると良いわね……」
がしゃりと音を立てて膝を付いた騎士に、フリーディアは一言だけ冷たい声を投げかけると、次なる相手を求めて素早く周囲を見渡した。
そこでは、白翼騎士団の騎士を除くファント側の兵士たちが、複数人のロンヴァルディアの騎士を相手に奮戦を続けている。
「クッ……!! ッ……。リックッ! カルヴァスッ! 今は自分が何をすべきか……それを考えなさいッ!!」
戦場の只中にあるにも関わらず、敵にはフリーディア達白翼騎士団と、テミスの部下である黒銀騎団の区別をつけるほどの余裕がある。
その現実を目の当たりにしたフリーディアは、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべて思案した後、鋭く命令を発して近くの兵を助力すべく疾駆する。
対ロンヴァルディア側の現在の戦況は最悪だった。
テミス達三人の抜けた穴は予想以上に大きく、柔軟に対応するテミスの部下達が忠実にフリーディアの指揮に従うものの、じりじりと押され続ける状況を覆すには至っていなかった。
「グッ……クゥッ……。テ……テミス……様ッ……!!」
「死ねッ!! 汚らわしい魔族め!」
「我が友の仇ッ!!」
疾駆するフリーディアの眼前では、一人の魔族兵が四人の騎士達を相手に防戦を強いられていた。
目を見張るような連携で繰り出される斬撃に反撃する余地は無く、悔し気に歪められたその唇が限界を物語っている。
そして、魔族兵が派手な音と共に、一人の騎士の剣を受けた瞬間。猛然と振り下ろされた剣の威力に耐え切れずに弾かれ、辛うじて凌いでいた守りの体勢が大きく崩れた。
「しま――っ!!」
「そらッ!! 俺の剣を受けてみろッ!!」
「ヘッ……これで終わりだ! さっさとくたばれ! この魔族めッ!!」
魔族兵の目が見開かれたと同時に、ロンヴァルディアの騎士達の攻撃が、致命的な隙を逃す事無く繰り出された。
振り下ろされる剣と、突き出される斧槍。誰の目から見てもそれは決着の一撃だった。
――しかし。
「せあああァァッ!!」
「へ……っ? あ……ぐっ……ぎゃああああああッ!!! 腕……腕がァッ――ッ!!」
騎士達へ横合いから飛び掛かったフリーディアの剣が、止めの一撃を放つべく突き出された騎士の腕を両断した。
「グゥッッ……ラァッ!!」
「ヘヘッ……オゴァッ……」
同時に、振り下ろされる剣を、鎧をまとった身体で受け止めた魔族兵が、唇を吊り上げた騎士の胸に剣を突き立てる。
「フリーディア様ッ……!! 騎士の戦いに乱入だなんて……何故そんな卑劣な真似をッ……!!」
「後はこちらで片を付けます!! もう無理して魔族共に従う必要は無いのです!」
「……。ごめんなさい。助けが遅れたわ。動けるのなら、すぐに退がって治療を受けて」
残った二人の騎士達が口々に叫びをあげるが、それを黙殺したフリーディアは、返す太刀で腕よ両断した兵士に止めを刺した後、傷付いた魔族兵士を肩越しに振り返って言葉をかける。
しかし魔族兵士はがの命令に従う事はなく、フリーディアの視線の先で血を流しながらも立ち上がると、ニヤリと口角を歪めて口を開いた。
「助力、感謝しますよ。フリーディア殿。ですがこれしきの傷、どうという事はないでさぁ。この程度でくたばってたんじゃぁ、テミス様に顔向けができねぇッ!!」
「でもあなたっ……!! ッ――!! わかったわ。でも、無理をして死ぬのは許さないわよ」
「へへ……そりゃ勿論」
その言葉に、フリーディアは抗弁を述べかけるが、すぐに思い直すと魔族兵士と肩を並べ、騎士達に向けて剣を構える。
魔族兵士が深手なのは、誰の目から見ても明らかだった。しかし、その目に宿った意志の光が衰える事は無く、フリーディアには、むしろより輝きを増しているように思えのだ。
ならば、その毅然たる意志を無碍にする訳にはいかなかった。
「あなた達も勘違いしないで。私は私の意志でこの剣を振るっているわ」
「うっ……くっ……そんな……」
「なんで……黙ってこっちに付いときゃ勝てるってのに……」
「けど……敵だって言うなら……」
「あぁ。勝てば何をしても……」
背筋を伸ばし、フリーディアは相対した騎士達に凛とした口調で告げる。すると二人の騎士達は忌々し気に言葉を零したあと、ぎらついた眼でフリーディアを睨み付けて舌なめずりをする。
「っ……! あなた達はもう騎士じゃないわ。斬るッ!!」
直後。
鋭く放たれたフリーディアの言葉と共に、黄金色の髪がふわりと宙を舞ったのだった。




