588話 異形の武人
ザッザッザッ……。と。
規則正しい行軍の音を鳴り響かせながら、その集団はファントへ向けて着実に歩を進めていた。
その最後方。
巨大な二頭立ての馬車を並べて、道行く集団を率いる男たちが、不敵な笑みと共に言葉を交わす。
「ヒョッホッホッホ……。お主の事じゃから、てっきり怒りに任せて猪突猛進に突き進むと思うておったが……」
「フン……儂とて阿呆ではないわ。愚かな人間共が功を焦り、浮いたファントに攻め入るなど知れた事よ」
「ホッホ……。ワシも老いたか……。よもやお主が、その腕の疼きを抑えられるとは思わなんだよ」
そう言葉を紡ぐと、シモンズはカラカラと高らかに笑いながら、風にそよぐタラウードの左袖を指差した。
魔王軍が擁する腕利きの治癒術師を以てしても、テミスの放った炎によって焼き滅ぼされた左腕を治療する事は叶わず、腕を失ったタラウードは怒り心頭でテミスの追撃に出撃たのだ。
「じゃが……よもや、たったのこれだけしか集まらんとはのぅ……」
「フン……。それだけあの小娘に毒されていたという事だろう。既に殺すだけでは生温い……奴に地獄を見せ、心も体も殺し尽くしてその本性をみせてやれば、寝惚けた連中も目を覚ますさ」
「おっと。何度も言うが、ボロ雑巾にしても構わんが、気が済んだら身体はワシに寄越すのじゃぞ? あの人間の枠を外れた強靭な肢体を使えば、最強の死体兵士が作れるじゃろうて」
「グク……そうだったな。貴様好みの醜い姿にしておいてやろう」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑みを作ると、耳障りな笑い声を上げて笑い転げる。
その後ろでは、いっとう巨大な馬の背に跨ったアンドレアルが、強固な眉根に皺を寄せて黙り込んでいた。
「……ところでアンドレアルよ。貴様の旗下はまだ着かんのか?」
「…………。ウム……」
「ホホ……。彼等は勇敢で頑強じゃが移動には適さぬ。あまり無理をいうモノではあるまい?」
「ガハハッ!! そうでは無いわ。後から取り分が無くなったとぼやかれても困るのでな!!」
「…………」
言葉を交わした後、再び高笑いをあげる二人を静かに見つめながら、アンドレアルは胸の中で密かに葛藤した。
現在。ファントに向けて侵攻しているのは、第九・十一軍団の二軍団のみ。後続としてアンドレアル率いる第七軍団も進軍しているものの、今はその足を留めさせていた。
「……何故だ。リョース殿……」
ボソリ。と。
アンドレアルは独り、誰にも聞こえない程に小さな声でひとりごちる。
俺は生粋の魔族だ。人間共からは魔獣などと蔑まれ、一時は討伐部隊なんて連中も差し向けられたこともあった。
故に、骨身に染み付いた記憶が、魔族と人間の融和など不可能だと叫び、今回の一件でも、ともすれば魔王軍自体から異形種の居場所が無くなりかねん。と、即座にタラウード達の話に乗ったのだ。
当然。それこそが魔王軍……ひいては、ギルティア様への献身になると信じて。
しかし蓋を開けてみれば、特別テミスと親しかったルギウス率いる第五軍団や、南方で彼女と共闘したというルカ率いる第六軍団は兎も角、ギルティア様への厚い忠誠心を持つリョースや、以前にテミスと揉めたドロシーまで、この戦いから降りてしまった。
その結果、今回の一件を知る軍団長の中で、残ったのは目の前で下種な馬鹿笑いを上げる二人のみとなってしまったのだ。
「フ……所詮は俺も同族……か……」
アンドレアルは皮肉気に頬を吊り上げてひとりごちると、その瞳に静かな光を揺蕩えてタラウード達を眺める。
結局の所、俺は異形種なのだ。エルフであるリョース達や、魔女のドロシーとは根本的に異なる。彼等とは明らかに異なる筋骨隆々の巨きな体躯……異形の種族として生を受けた瞬間から、俺に選べる道は一つしか無かったのだ。
「不思議だな……。この世に生を受けて幾百年……よもやこの俺が、異形たる我が身を疎ましく思うとは……」
他人に疎まれようと、蔑まれようと、この強靭な肉体は誇りだった。
鋼をも砕く皮膚は如何なる盾よりも堅牢で、己が身をギルティア様の盾とできるのは猛者の集う魔王軍の中でも俺だけだろう。それに加えて、巨岩とて易々と持ち上げるこの怪力を見れば、ひ弱な人間共は恐れおののいて逃げ出したものだ。
「……事、ここに至れば是非も無し。……か」
正直に言うのであれば、武人であるアンドレアルにとって、目の前のタラウードやシモンズといった連中には虫唾が走るものがある。
しかし、アンドレアルとて一軍を率いる身。己の個人的な感情で動く訳にはいかない。
「ぐ……軍団長様方ッ!! テミッ……テミスです!! 軍団長と話をさせろ……と!!」
「グハハハハハッ……!! 追い詰められた奴が何を囀るか……聞いてやるのも一興というものだな?」
「…………」
アンドレアルは覚悟を決めると、高笑いと共に道を開けた兵士たちの間を進むタラウード達の背を追って、黙ったまま馬を歩ませたのだった。




