55話 牙を剥く影
「アンタ……キッチリと説明はしてくれるんだろうね?」
プルガルドで宿屋の主人へ荷車を返却した後、ヴァルミンツヘイムの王城へ帰投したテミスを出迎えたのは、怒りに顔を歪ませたドロシー達の一団だった。既に我慢の限界に達しているのか、漏れ出る魔力の奔流が小さなオーロラのように彼女の周りを彩っていた。
「なに。簡単な話さ。ギルティア様の意に添わぬ反逆者を断罪しただけ……問題あるか?」
「大ありよ!! 自分の旗下を潰されて黙っている軍団長なんて居ないわ!」
ドロシーの叫びと共に、バシィッ! と言う破裂音が響いた。どうやら、彼女の感情の起伏に合わせて、漏れ出る魔力の属性が偏るらしい。
「ならばこちらも問おうか。ドロシー第二軍団長殿。貴殿はあの施設の存在を認知していたのか?」
「っ……」
邪悪な笑みを浮かべたテミスに対してドロシーが押し黙る。それもその筈だろう。仮にここで認知していたと答えれば、魔王の側近であり、その志を知っていながらもそれに背いた証明になってしまう。
「どうした? 何故答えない? 簡単な話だ。あの施設の存在を、知っていたか知らなかったか……それを答えるだけだ」
次第に、ざわざわという動揺が彼女の取り巻きの中から漏れ始める。その中には、十三軍団の部下に送らせたあの施設の衛兵の顔も垣間見えた。
「っ……ぐ……し……らなかったわよ!」
「フンッ……」
苦悶の表情で尻尾を切ったドロシーを、テミスは嗤いながら冷ややかに見据えた。これで第二軍団は一枚岩ではなくなった。万が一、切り崩す時が来たとしても彼女たちの軍団は容易に瓦解するだろう。
「それならば、貴様の管理不行届きを除けば問題はあるまい? 私は感謝されこそすれ、このように詰め寄られる謂れはないはずだが?」
ざわざわと広がる動揺に中心に立つドロシーを、テミスは淡々とした口調で追い詰めていく。いかに感情に訴えかけた所で、大元の理論が破綻していては意味が無い。
「それでも! 私に一言も無いのはどういう事かしら! 明らかな越権行為なのだけど?」
「隠匿を警戒しただけさ。我々からすれば、あの施設が第二軍団の主導で運営されているものか、あの肉饅頭個人が主導していたものか判別はつかんからな。無辜の民の命を優先したまで」
冷笑を浮かべ続けるテミスに対し、顔をほてらせて叫ぶドロシーの纏う魔力が紅い揺らめきへと色を変える。炎は安直に結ぶ付けるのならば最大限の怒りだが、ここで戦闘を始めるのはいかがなものだろうか。
そう考えながらテミスはさり気なく、広々とした玄関ホールを見回した。以前にここに来た時は、血まみれの槍が転がっていたり、静まり返ったりとしていて、今日とは大違いだ。
「ちょっと! 聞いてるの? それに対する弁解は無いのかしら?」
肩で息をしながら声を荒げるドロシーに、ようやくテミスは意識を戻した。先程からぎゃんぎゃんと喚きたてていたようだが、どの主張も筋が通っておらず、正直聞くに値しない。
「弁解をする意味が見い出せないな。結果として第二軍団は、労力を使わずに魔王様の理想を汚す害虫を駆除できたのだ。あまり文句を並べ立てていると、まるであの施設が壊滅した事を惜しんでいるように聞こえるぞ?」
「私は! 第十三軍団の越権行為を話しているの! 関係の無い話を持ち出さないでくれるかしらッ!?」
「……やれやれ」
テミスは大きくため息を吐くと、傍らに立つマグヌスとサキュドを眺める。二人の表情は対照的で、既に飽きたのかあからさまに不機嫌な顔をしたサキュドと、仏教面で眉根をひそめるマグヌスの表情が、なんとも面白かった。
「騒がしいな」
「っ!」
ドロシーの甲高い声が響く玄関ホールに、聞き覚えのある静かな声が割って入る。その声はテミスにとっては福音であり、ドロシーにとっては恐怖の対象だった。
「ギルティア様! この度の第十三軍団の越権行為について、私は断固として抗議させていただきます! やはりいかに戦闘力が高くとも、人間如きに栄えある軍団長は相応しくないかと!」
冷笑を浮かべ続けるテミスの機先を制して、ドロシーが叫びをあげた。傍から見れば怒りに燃えた、責任感から来る行為だが、先の問答を聞いていた者からみればただの焦りにしか映らなかった。
「越権行為……? ドロシー、詳しく話せ」
「はい! 我が第二軍団旗下に存在した違法施設に対して、十三軍団が独断で攻撃、これを殲滅したのです! 我ら第二軍団には何も知らせずにっ! お陰で我々の作戦が無駄になりましたわ!」
ギルティアが静かに口を開くと、勝ち誇った顔をしたドロシーがいけしゃあしゃあと報告をする。いかにも撃滅の用意があった風に話しているが、あの肉ダルマがドロシーとの繋がりを仄めかしていた以上、見え透いた嘘でしかない。
「フム……テミス。それは真か?」
「真実だ」
ギルティアの視線がこちらに向くと、テミスはただ一言だけ肯定する。こちらに揺ぎ無き正当性がある以上、ここで多くを語る必要は無いだろう。
「……なるほど。まずドロシー。一つ間違いを正しておこう」
「……はっ?」
意味深に頷いたギルティアが口を開くと、笑みすら浮かべていたドロシーが首をかしげた。
「十三軍団は旧来の軍団とは異なる独立軍団だ。今は私の依頼としてファントを旗下に置いてはいるが、領内での自由な作戦行動を認めている。つまり、お前の言う越権行為と言うのはそもそも十三独立軍団の権限内なのだ」
「っ……ですがっ!」
「まぁ……一切の連絡が無いという点においては、多少の不義理を感じないでもないが……考えがあったのだろう?」
「勿論だとも」
涼しい笑みを浮かべたテミスが頷くと、ギルティアもまた満足気な顔で頷いた。
「独立軍団を新設した意義はあったようだな。それで? 違法施設とやら以外の報告があるのならば聞くが?」
「……いや? 報告はその件だけだが……」
ギルティアの口調と、どこか愉しむような表情に違和感を覚える。性格を読むにはまだ浅すぎる間柄だが、この男がこう言う表情をするときは、間違いなく何かがある。
「ならば詳細な報告は後程、文書で構わん。お前は急ぎ、ファントに戻った方が良いと思うがな?」
「ッ――軍団長ッ!」
喉を鳴らすギルティアがそう告げた瞬間、テミスの頭の中にハルリトの声が響き渡った。この感覚は、サキュド達への通信にも使った、緊急用の魔導通信だ。
「何事だ!?」
「第五軍団が……ルギウス様たちがあと数刻で到着するとの事……指示を!」
「何ッ……!?」
通信を受けたテミスの目が見開かれる。魔王の御前で通信など、リョースあたりが居たら大目玉を喰らうのだろうが、今はそれどころではなかった。
「お前もまだ、軍団の長としては大局が見えていないな」
そう言い残したギルティアの言葉が、混乱の極致に落とされたテミスの頭の中を、グルグルとかき乱したのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




