557話 白銀の双腕
その姿はすぐに見つかった。
煌びやかに輝く白銀の髪に、何処から持ってきたのか、彼女の愛剣である漆黒の大剣。顔に浮かべた不敵な笑みには一切の不安など無く、心の中に僅かに煙っていた心配を晴らしていく。
「テミス様ァ~~ッ!!!」
「っ……!」
ざわざわと浮足立つ魔王城の正門。周囲を取り囲む内壁までの、いわば中庭とでもいうべき空間に、サキュドの声が響き渡った。
声の先では、事態を把握できていない衛兵たちの間を、颯爽と駆け抜けるテミスが、チラリとサキュドへ目配せをしてから駆け続ける。
「……まずは、ここを離れることが先決。急ぐぞ。サキュド」
「解ってるわよ!! 命令しないで!」
バシリ! と。二人は跨った馬に活を入れて速度を上げながら、前を駆けるテミスとの距離をみるみるうちに縮めていく。
無論。厩舎にもタラウードの指示か、事情を知っているらしき兵が待ち構えていたが、魔王軍という枷から放たれた二人の敵ではなく、即座に自分たちの馬を奪還して駆け付けたのだ。
「テミス様ッ!! こちらをっ!」
「ご苦労! このまま一気にファントまで戻るぞ!」
「はいッ!!」
「ハッ!!」
数十秒と経たず、駆けるテミスに追い付いたサキュドは、自らが牽引していた空馬の手綱をテミスへと渡す。
同時に、ニヤリと笑みを浮かべたテミスは剣を収めて高く跳び上がり、ひらりと自らの馬の背の上に飛び乗って号令をかけた。
その瞬間。
「何をしているッ!!! そいつらは反逆者だぞ!! 逃がすなァッ!!」
遠くから、タラウードの雷鳴の様な怒鳴り声が響き渡り、周囲の兵が驚きの表情でテミスと魔王城へ交互に視線を送る。
「いやっ……しかし……」
「だけど……なぁ……?」
「そんな馬鹿な……」
ざわざわと。
タラウードの号令が下って尚、周囲の兵たちは困惑した表情のまま口々に呟きを漏らしていた。
「ククッ……」
その様子に、一切の攻撃を放たれぬままに内壁を駆け抜けたテミスは、ニヤリと頬を歪めてほくそ笑んでいた。
予想以上の収穫ではあるが、冷静に考えてみれば当たり前の話だ。
魔王城に詰めている兵士たちの殆どは第一軍団の所属……つまり、魔王であるギルティア直属の近衛兵のようなものだ。
故に、別の軍団の軍団長であるタラウードに従う義務も義理も無い。なればこそ、彼等は純粋な視点で、目の前のテミスとタラウードを推し量ったのだろう。
「これも……日頃の行いって奴かね……」
「まさしくその通りかと。テミス様の武功は、このヴァルミンツヘイムまで轟いております故」
「ハッ……どうやらその轟いていたという武功も、あの硬い魔王城の城壁は越えられなかったらしいがな」
「っ――! やっぱり……」
内壁を抜けた先の町では、ヴァルミンツヘイムの町に住む人々が、テミスが城壁を吹き飛ばした轟音と土煙に誘われたのか、ざわざわと口々に言葉を交わしながら道へ出てきていた。
そんな人達が、城から飛び出てきたテミス達に慌てて開けた道を駆けながら、三人は並走して言葉を交わす。
「お前達の想像通りだ。私は今、魔王軍に三行半を突き付けてきたところだよ」
「なるほど……」
「あぁ……。どういうつもりかは知らんが、ギルティアはタラウードの要求を呑んだ。奴も所詮はその程度の男らしい」
「…………」
ヴァルミンツヘイムの街中を早々に抜け、街道を矢のように突き進みながら、テミスは皮肉気な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
如何な理由があろうと、一方的な殺戮を許容する奴に正義など無い。だが、奴も借りにも魔王を名乗る男……馬鹿では無い筈だ。ならば、リョースに託した言伝が上手く転べば、最低限無駄な流血を避けられるやもしれない。
「あぁ……そうだ」
「っ……!? テミス様!?」
「いかがされましたかッ? よもやその傷が……?」
「……ん? ああ。違う違う。この程度ただのかすり傷だ」
テミスがポツリと言葉を漏らして速度を緩めると、両脇を固める二人が少し先行する形となってゆっくりと街道の真ん中で立ち止まる。
そして、マグヌスの言葉に応えるように、テミスは焼き焦げた左手をワキワキと動かして応した後、小さく息を吸い込んでから口を開いた。
「私としたことが……失念していたよ。お前達の事だ……聞くまでも無いと決めつけていた」
「っ……!」
「…………」
「私はもう、魔王軍の軍団長ではない。だから……サキュド、マグヌス。無理に着いて来る必要など無いのだぞ?」
今ならまだ戻れる。とでも言わんばかりに、テミスは馬を道の端に寄せて二人にヴァルミンツヘイムへの道を開ける。
今まで共に戦ってくれた信頼する腹心とはいえ、魔王軍を出奔した私に付き合わせる事も無い。
だが、本心を言うのならば。サキュドとマグヌスも、この先も私と共に戦ってほしい。なればこそ、今ここではっきりとさせておく必要があるだろう。
しかし――。
「フッ……愚問ですな」
「えぇ全く……今更にも程があるわ」
二人は慣れた手つきで馬を繰ると、テミスへ背を向けて言葉を続ける。
「我が忠義は既にテミス様……貴女へと捧げております。このマグヌス。何処へなりともお供致す所存でありますッ!!」
「そういう事ッ!! テミス様と居ると楽しいこといっぱいあるし……今回の事だってアタシ、頭に来てるんだから!! さぁ! 早くファントに戻るわよ。テミス様っ!?」
「マグヌス……サキュド……。ありがとう。恩に着るッ!!」
誇らし気な笑みを浮かべて振り返る二人にテミスは大きく頷くと、万感の思いを込めて礼を告げて再び馬を走らせた。
同時に、駆け出したテミスの左右を護るように、サキュドとマグヌスもまた、己が跨る馬に活を入れて駆け出したのだった。




