52話 戦後処理
「フム……これで全員か?」
「ハッ! 施設内の要救助対象……人間は以上です!」
すっかりと静まり返った廃坑の入り口に、凛とした声が響き渡る。助け出された人間達は誰もが酷い有様で、すぐに救護が必要な者も居た。
「お前達の中に、テプロー出身の者は居るか?」
テミスが、怯えているのだろう、背を丸めて目を逸らす元囚人たちに問いかけると、彼等の間に恐怖と希望の入り混じったざわめきが走った。
「ああ……なるほどな……」
しかし、中から進み出る者は無く、テミスは頭痛を堪えるかのように頭を押さえながらため息を吐いた。おおかた、私達が救助者なのか、それとも新たな簒奪者なのかを図りかねているといった所だろう。当り前の思考ではあるが、戦闘力的に致命的なまでの差がある以上、こちらの気に障る危険がある愚策だとも言える。
「やれやれ。まずは先に自己紹介からしておこうか。私は魔王軍第十三独立遊撃軍団軍団長……テミスだ。後ろは私の副官のサキュドとマグヌス」
名乗りを上げると、後ろに居た二人が一歩づつ前に出て会釈程度に頭を下げる。すると群衆の至る所から、定款にも似た吐息が漏れ聞こえて来た。
「……少しは、自分の頭で考える事をして欲しいものですわね。何のために助けたと思っているんだか……」
「……サキュド……止せ」
背後の声が、周囲を取り囲む十三軍団の雰囲気を代表するかのように不満を表明していた。まぁ……気持ちは解らんでもないが、あくまでそれはこちら側の視点の話。ここにいる人間達にとっては、我々は等しく魔王軍なのだろう。
「でははじめに、我らが同胞の愚行により、罪無き君たちが謂れ無き暴力に晒された事、我が名のもとに謝罪しよう」
「テミス様っ!?」
「ちょっ……」
そう言って深々と腰を折ると、サキュド達の慌てる声と共に人間達の間に動揺のざわめきが走った。
「頭を上げてください! テミス様! それでは示しが付きません!」
「そうよ。指揮にも影響が出るわ!」
頭を下げた姿勢のまま動かないテミスを、マグヌス達が必死で起こそうと左右を囲む。
「黙れ。良いか。これは当たり前の事だ。間違ったことをしたのであれば謝罪する。本来謝罪をせねばならないあの豚を殺してしまった以上、その役を追うのは私だろう」
「しかしっ!」
十三軍団も助けられた人間達も等しく混乱する中を、演説にも似た口調のテミスのよく通る声が響いていく。
「我らはファントで人間軍の暴挙に怒り、それを断罪した。非戦闘員を手にかける誇り無き連中に怒りを燃やしその暴虐に抗った」
全員の視線が集まる中で、テミスは左右に歩きながら高らかに声をあげる。仮にも仲間である連中を手にかけ、敵である人間達を救うのであれば、ある程度解りやすい大義が必要になる。こんな真似は好みではないし、不本意ではあるがやらざるを得ない以上仕方がないだろう。
「ならば、ファントの民と同じ力無き民が虐げられているのを我らが解放するのに……何の矛盾があるだろうか!?」
テミスは立ち止まって言葉を切ると、息を大きく吸い込み十三軍団の面々を見渡して力強く怒鳴りつけた。
「貴様等の胸に問いかけてみよ! 今の貴様等が抱く正義に曇りはあるか!? 力無き敵の民を見棄て、殺す事が正義だと言う者は今すぐこの場を去れッ!」
テミスの叫びが木霊すると同時に、冷たい夜の風が一同の頬を撫で上げた。静かな廃坑の入り口に、その風音以外に声を発する者は無く、その場を辞する足音も一つも無かった。
「……よろしい。では再び問おう。テプローの町が出身の者は名乗り出よ」
一分前後の沈黙の後、夜風に飛ばされた帽子を拾いながらテミスが告げた。それから数拍置いて、人間達の間を喜びの歓声がざわめきとなってうねりを上げた。
「細かい処理は任せるぞ、マグヌス」
「ハッ!」
テミスは群衆の前を辞すると、傍らの隅で所在なさげに佇む第二軍団の面々の前へと移動する。
「さて……諸君の処遇だが……」
すぐ脇を一個中隊に囲まれた警備兵たちは、テミスから顔を逸らすと暗い顔で俯いた。
「原隊送りだ。後処理が終わり次第ヴァルミンツヘイムに向かうが、君達にはそれまで付き合ってもらう」
「なっ……軍団長!」
今度は彼等を取り囲む十三軍団の面々が、驚きの表情と共にテミスへと顔を向ける。テミスはそれに大きなため息を吐くと、面倒くさそうに口を開いた。
「いいか? 我らはあくまでも魔王軍旗下の十三軍団だ。敵対行動を取っている時こそ別だが、今の彼等は敵性存在足り得ない。なれば、他の軍団の団員を裁く権限など、私は持ち合わせておらんよ……んっ?」
テミスは脱力した表情で一気にそれだけまくし立てると、視線を沸き立つ人間達の方へと目を向けた。その中で家族らしき三人組が、何かを探すように周囲の十三軍団を見渡しているのが目に入った。
「どうした? 家族とでもはぐれたか?」
テミスは彼等にゆっくりと歩み寄ると、努めて優しい口調で声をかける。敵軍の指揮官と会話をするなど、無辜の民には重圧でしかないだろう。
「あっ……あなたはっ……いえっ……それが……」
眠たげに頭を揺らす男の子と、妻であろう美しい女性を守るように進み出た壮年の男が、あらぬ方向へと目を泳がせる。
「話せる事なら私に話してみてくれ。何か力になれるやもしれんしな」
「は……はぁ……」
剣を背負ってはいるものの、再びその姿をボロ布に包んでいる甲斐もあってか、男の緊張が徐々に解けていく。
「どなたかはわからないのですが、ユーキ……ウチの息子を私達の捕らえられていた牢屋まで連れてきてくれた方が居たのです。是非その方にお礼をと思いまして」
「フム……?」
なるほど? どこかで聞いた話だ。十三軍団を見渡しているからもしやとは思ったが、傷付いてはいるが無事なようで何よりだ。
「サキュド」
テミスは遠くでマグヌスと共に、人間達を捌いているサキュドを呼び寄せると、半ば無理矢理彼等の前へと立たせる。同時に、彼等を認識したサキュドの肩がビクリと震えるのを感じた。
「今の話だと恐らく彼女だろう」
「いえ……ですがその……もっと大人の……」
背後の女性がポツリと口にすると、それに反応したサキュドの眉がピクリと跳ねる。
「ほら。何か言ってやったらどうなんだ? サキュド」
「…………」
何も言わないサキュドの背を軽く押してやるが、彼女は何も言わないままユーキを一瞥すると、するりとテミスの手をすり抜けてテミスとすれ違う。
「私は任務達成のために必要な事をしたまでよ。弱い人間に礼を言われる筋合いは無いわ」
サキュドは冷たく言い残すと、足早にマグヌスの方へと駆けて行った。
「フフ……すまないな。ああいう奴なんだ」
「は……はぁ……」
ユーキの父親たちが眉をひそめて曖昧に頷くのを確認すると、苦笑いを浮かべながらテミスは数歩、踵を返して立ち止まる。ユーキの両親という事はつまり、エルーシャの両親でもあるという事だ。
「ああ……そうだ」
立ち止まった位置で彼等に視線を送ると、テミスは口を開きかけて硬直した。
私は彼等になんと言葉をかけるつもりだったんだ? 娘さんには世話になったとでも言うつもりだったのか?
「っ…………」
首をかしげる彼等の前で、テミスは数度口を開閉させると、意を決したように口を開く。今の私の立場で、彼等にかけられる言葉があるとするのならば、これくらいしかないだろう。
「あまり、娘を心配させるなよ」
テミスは、虚無感にまで至りそうなエルーシャの寂し気な表情を思い出しながらそう告げると、返事を待たずに彼等の元を立ち去るのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




