51話 裁き嬲る者
※この話には、残虐な表現・シーンが含まれます。そういった表現やシーンが苦手な方はご注意ください。
血飛沫と汚らしい悲鳴が上がり、嬌声にも似た嗤い声が室内に木霊する。
「ハハハ!! 苦しいか? それは貴様の罪だ」
サキュドは軽いため息と共に、傍らで笑い声を上げるテミスと、そこで繰り広げられる拷問行為を眺めていた。
「マグヌスの目も、どうだか……」
以前、ファントでの戦いの折に交わした言葉を思い出しながら、サキュドは再び薄いため息を吐く。あのときマグヌスは、軍団長のコレを優しさから来る純粋な何か……等と評していたが、私にはただの狂気的なまでの規範信者にしか見えない。
「こっ……コイツ……イかれてやがるッ……おい! お前らの上官だろッ! 何とかしろよぉっ!!」
ため込んだ贅肉を削ぎ落され、ずいぶんとスリムな体になった支配人の叫びが、サキュドの意識を現実へと引き戻した。
「まぁ……ここで助けてあげるのもやぶさかでは無いんだけど……」
そう言って、薄い笑みを浮かべたサキュドがテミスの横に並び立つと、苦悶の表情をしていた支配人の顔に微かな明るさが混じった。
「でぇ……もっ……どっちにしてもこの施設が不快なのは変わらないし……ギルティア様の理想の障害であることは間違いないから厭ね」
「なっ……そんな訳――ガペッ!」
支配人が怒りと驚愕の表情を浮かべた直後、サキュドの足が鋭く閃き、支配人の顎を捕らえて蹴り上げた。
「本当……良い性格してるな。お前は」
「いえいえ。テミス様には敵わないですわ」
サキュドは普段の敬語とも砕けた口調とも取れない話し方に戻ると、再びテミスの後ろへと戻っていった。
「と言うかサキュドお前……こんな所に居るのは構わんが、仕事はどうした?」
ふと思い出したテミスがサキュドへと問いかける。サキュドには牢獄区画で収監されている人間達の解放を任せたはずなのだが……。
「そちらも滞りなく。私の『影』を放っております。それにテミス様? 私はもう二度と、あの空間に立ち入りたくはありません」
「はは……お前が言うのだから相当なのだろうな」
「ぐっく……そこまで言うのなら一度ご自分で行かれてみては?」
テミスが笑いながら返すと、そっぽを向いたサキュドが破壊された機材に八つ当たり気味に魔法を放つ。いくらなんでも無茶をさせ過ぎただろうか?
「マッ……マグヌス……お前ならば……このイカレ女に不満を持っていたお前なら……解るだろう?」
そうして、テミスがサキュドと会話している隙をついて、支配人は床を這いずりながら、一人離れて状況を静観していたマグヌスへとにじり寄って居た。
「……見下げ果てた屑め。言葉を交わす気にもならぬ」
しかし、マグヌスは支配人の命乞いを一蹴すると、サキュドと同じくテミスの後ろへと移動した。
「ばはーっ……はぁーっ……な、何で……俺が……」
見捨てられた支配人の瞳が絶望に揺れ、その直後に憎悪が宿る。
「何を言っているんだ? ここは享楽に励むための施設なのだろう? お前が言ったんだぞ? 私好みの享楽が見つかるとな。そして見事、お前はそれを用意してみせた。そこだけは褒めてやろうか」
「ぐっ……がっ……はぁっ……何を……言って……?」
息も絶え絶えに支配人が顔を上げると、テミスは後ろすら見ずに部屋に突撃しようとしていた兵士に氷弾を叩き付けると、芝居がかった口調で言い放つ。
「私の趣味はこうして下種を嬲る事でな。素晴らしい事に、この場所にはおあつらえ向きに下種が溜まっている。こうして刻むだけではなく、お代わりまで自由とは気が利くじゃないか」
「っ…………」
高笑いと共に用意した台詞を言い放つと、テミスは部屋に漂う何とも言えない空気を察知する。憎しみと苦悶の表情で睨みつける支配人はともかくとして、後ろに控える二人から感じるこの空気はいったいどういう事だろうか。
「ぐ……軍団長……」
「冗談だ。言ってみただけだ」
「にしては、凄くイキイキしててノリノリでしたが……」
「ン、ゴホンッ!」
後ろの二人の冷えた視線を断ち切ると、視線を床から憎しみの表情で顔を上げる支配人へと戻す。まだだ。まだ足りない。憎しみではなく、泣いて許しを請うてからが本番なのだ。
「……さて。休憩は終わりだ。我らが主に背いた貴様への刑を続けるとしようか?」
「や……止めろ……止せ」
ずるずると後ずさりながら首を振る支配人に、満面の笑みを浮かべたテミスがゆっくりと歩み寄る。
「選ばせてやろうか。腕と足……どちらがいい?」
「やめっ……止めろっ! 止めてくれ……ぎゃああああああああああああっ!!」
顔を歪めた支配人の側まで到達したテミスの大剣が、投げ出されていた支配人の右足へと突き立てられる。同時に、苦悶の叫びと共に支配人は血をまき散らしながら床をのたうち回った。
「む? 足より腕の方が好みだったか? 全く、早く選ばないからそうなるんだ」
テミスは、のたうち回る支配人を見下しながら頬を歪めると、再び血に濡れた大剣を振り上げる。
「……その、軍団長。流石に――」
その後ろから、見かねたような声でマグヌスが制止した。
「何を言うマグヌス。これは慈悲だ」
「はっ……? いや、ですが……」
訳が分からないと首をかしげるマグヌスを一瞥すると、テミスは戸口の方に目をやって声を張り上げた。
「本来であれば、大意に背いた下種共を余す事無く嬲ってやる所なのだが……」
すると、小さな物音と共にカチャカチャと防具の震える音が聞こえてくる。
「部下の失態は上官の責任。頭たるお前が、部下の責任の肩代わりをせんとなぁ?」
嗜虐的な声と共に再びテミスの剣が動くと、その切っ先が支配人の胸へと沈みこんだ。
「ぐぶっ……おっ……前たち……早く……」
「ククッ……ククククッ! おやぁ? 誰も動かんなぁ? おい、どうした? お前達の上官が早く助けろと言っているぞ?」
「っ……」
再び顔だけを廊下に向けたテミスが高笑いをしながら語り掛けると、廊下の外からは息を呑む音だけが響いてきた。
「フフ……アハハハッ! いやしかし、魔族と言うのは頑丈で良いな。普通の人間であれば、悔い改める前にとうに死んでいる」
「解った……もう勘弁してくれ……二度とお前の同胞には手を出さない……お前の事も報告はしないから……」
そう言いながら、文字通り満身創痍の支配人はテミスに向かって命乞いを始める。しかし、テミスは蝋燭の溶けたような笑みを浮かべたまま剣を振り上げると――。
ヒャウンッ! と甲高い風切り音と共に、恐怖の表情で固まった支配人の首が転げ落ちた。
「サキュド……どういうつもりだ? こんな程度でこの下種を送ってしまっては足りないだろう」
静かな声と共に、ゆっくりと振り向いたテミスの視線の先には、紅い槍を振り抜いた姿勢のサキュドの姿があった。
「時間が押しておりますので」
静謐な怒りを湛えるテミスに対し、槍を下ろしたサキュドは涼し気に言い放った。
「先程、『影』が仕事を終えました。そろそろこちらに到着する頃かと」
そう付け加えると、サキュドはマグヌスに目配せをし、それに従ったマグヌスと共に左右に別れると、出入り口までの道が形成された。
「……やれやれ。仕方がない……か。後処理だ。無事な人間を運び出せ。邪魔する者は片付けろ。日が昇るころまでには終わらせるぞ」
「ハッ!」
テミスはそう指示を出すと、凄惨な光景と化した指令室に背を向けて、廊下へと歩き出す。すると、一斉に道を開けて整列する音が響いたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




