50話 断罪の暴風
「こちらでございます。すぐにカタログをお持ち致しますので、少々お待ちください」
テミスが通されたのは、様々な機器が敷き詰められた大きな部屋だった。部屋へと足を踏み入れた瞬間、そこで何やら働いている連中がこちらを見たが、すぐに作業へと戻っていった。
「……ここか?」
「はい」
部屋の中心に、既に物置と化している指揮机のようなものを見咎め、マグヌスへ問いかけるとマグヌスが短く頷いた。この調子では、最近この近辺でまともに戦闘など起った事は無いのだろう。
「それだけは……ケンシンの狙い通りだったという訳か……」
テミスがチラリと脇の部屋へと視線を走らせると、開け放たれた扉の向こうにいつか見た鬼灯のような殻が見えていた。
「……始め――」
「お待たせいたしました!」
テミスが呟いて片手を挙げた瞬間。視界を高級そうな黒い革で装丁された、薄い本が埋め尽くした。
「――ッ! チッ……」
テミスは舌打ちと共にカタログを受け取ると、数歩下がってそれを開く。どうやら、状況の把握に時間をかけ過ぎたらしい。それとも、カタログを取りに行くと言って離れたのは罠だったか?
「……いい趣味してるな」
テミスは走る虫唾をカタログで隠しながら、支配人へと告げる。開いたカタログには、人間の女子供の写真と出身地や背景など、苦痛に対する態度の傾向までが事細かに記されていた。
「へへ……そうでしょうとも! 女だろうと子供だろうとどんなニーズにもお応えいたしますので、必ず好みの奴隷が見つかるかと……っと。テミス殿は男を嬲る方がお好きですかな?」
カタログを眺めるテミスを横から覗き込みながら、支配人が下卑た笑みと共に声をかける。その後ろでは、青ざめた顔のマグヌスが、能面のような無表情でその光景を眺めていた。
「まぁ……な」
ワナワナと震える喉をこじ開けて何とか返事を絞り出す。最早、我慢の限界だった。先程マグヌスを制しておいた手前、何とかすんでの所で堪えてはいるが、目の前の肉塊を生かしておく価値があるのだろうか?
「……それで、どれにいたしますか?」
「そうだな……」
食いしばった歯の内側から努めて冷静な声を漏らしながら、テミスは痺れる頭を働かせる。部隊に通達してある開始予定時刻は既に過ぎている、サキュドもとうに痺れを切らしている頃だろうし、後は効果が認められるかだろう。
深呼吸をしながら天井を見上げると、掘り抜かれた天井の端には無数のパイプのような穴が開いていた。
「では……これにしようか」
カタログで隠した頬を大きく釣り上げると、軽い風切り音と共にテミスの手が翻った。
「はっ……?」
「爆ぜろ」
同時にテミスは空いた左手を正面の機材に翳すと、魔法陣を構築する。こういった強力な魔法は魔族の特権らしいが、使えて損をする事は無いだろう。
「なに……ぶ? ぎゃあああああああああああああああ!!!」
魔法が発動し、機材が激しい爆炎に包まれる音と、支配人の苦悶の絶叫が同時に響き渡った。
「なに……ナに……なっ……にィしやがんだぁっッ!?」
胴を切り裂かれた支配人が醜い叫び声を上げ続けながら、テミスへ掴みかかろうと突進する。しかしその肉体のせいか、はたまた傷のせいか、緩慢な動きで動いたその腕がテミスを捕らえる事は無く、支配人はそのまま床へと倒れ伏した。
「おや? 両断したつもりだったが……存外頑丈だな。っと、質問には答えなければならんな。何をしている……だったか?」
テミスは冷たく支配人を見下してそう告げると、手振りでマグヌスに行動を指示しながら頬を釣り上げて言い放った。
「貴様の言う、私の好みの事をしているだけだが?」
「っ――殺せっ! この汚らわしい人間を殺せっ!!」
支配人の叫び声と共に、再び部屋の中で爆炎が立ち上る。マグヌスが指示に従って狼煙を上げているのだろう。おそらく、そろそろ通気口を通った煙を見た十三軍団が戦闘を開始したはずだ。
「クク……弱い者虐めばかりでなまった連中に我らが後れを取るとでも? まあ……一応、なるべく殺さないようには命じてあるが……それでも、貴様を助ける気概のある奴がいるとは思えんがな」
「グッ……クッ……」
血走った目で左右を見回す支配人の目には、テミスの言葉通り出入り口へと一目散に駆けだす兵士たちの姿がうつる。
「ば――馬鹿がッ! 何のために貴様らが居ると思っている! 私の盾にな――」
傷口を抑えながら叫んだ支配人の目の前に、風切り音と共に黒い切っ先が付き付けられた。支配人が目を上げると、そこには悪魔のように満面の笑みを浮かべたテミスの顔があった。
「残念ながら、ここには鞭も焼き鏝も無いのでな。私の剣で我慢して貰おうか。で……? 右腕と左足、次はどっちがいい?」
「ま――待て、自分が何をしているのか……ッ――」
眼前に付きけられた剣がゆっくりと振り上げられ、支配人の顔が恐怖に染まった。それでも砕けた腰をずりずりと引き摺って、出口へと向かっているのは生存意欲の表れなのだろうか。
――ドンッと。突如、出口へ向かってテミスから逃れようと這いずっていた支配人の背中が、何かに当たって塞き止められた。
「おい貴様――早くこの反逆者をッ――」
「テミス様、遅いです。って……邪魔!」
背中に走る衝撃と共に転がる支配人の視界が捉えたのは、不機嫌そうな顔でテミスへと駆け寄る見覚えの無い幼女の姿だった。
2020/11/23 誤字修正しました




