48話 静かなる進軍
ザッザッザッと。鉱山特有の荒い砂を踏み鳴らす音と共に、月明かりの中に一つの小柄な人影が姿を現した。その人影は外套を目深に被り、ボロ布を巻き付けた大きな何かを背負っている。
「待ちな。怪しいやつだな……例の冒険者か? ゆっくりと外套を外しな」
「フッ……」
すぐさま物陰から躍り出た警備兵に囲まれるが、ニヤリと笑みを浮かべた人影がフードを外すと、月明かりの中を長い銀髪が翻る。
「なっ……あ……あぁっ! 敵襲ッ! 敵――」
「黙らんか痴れ者が」
そう言うと銀髪の少女は、驚愕の表情で叫び声をあげた兵士の喉を掴み潰して黙らせると、呆れたような半眼で自らに武器を突き付ける兵士たちを眺める。
「貴様等、本当に魔王軍の奴等か? 無知を晒して上官の顔に泥を塗りたくないのならば、頂点に立つ十三人の顔位は覚えておくべきだと思うがな」
「なっ……に……?」
少女から発せられる威圧感に呼応するかのように一陣の風が流れ込み、少女の纏っていた外套を大きくはためかせる。そこには、黒を基調としたまるで軍服のような制服が纏われていた。
「我が名はテミス。魔王軍第十三独立遊撃軍団軍団長だ。かの地よりの援軍要請を受けて参上仕った次第だが……貴様等が相手と言う事で良いのだな?」
テミスは大声で名乗りを上げると共に、兵士の首を掴んでいた右手がゆらりと背中の大剣へと伸びた。
「ゲホッ……ままままっ……待ってくれ! すぐにオーナーを呼んでくる!」
「要らん。無礼を詫びるというのであれば、貴様が案内しろ」
テミスの魔手から解放され、尻もちをついた兵士を見下して冷たく言い放つ。どうせ何かと理由を付けるのだろうが、ここで正面戦力を削っておいて損はないだろう。
「いやっ! しかし……俺にはここの警備が……それにアンタが本物なら何故一人なんだ?」
「フン……」
なるほど、そう来たか。とテミスは心中で嘆息した。尻もちをついた警備兵が言葉を上げると同時に、視界の端で輪を作っていた兵士の一人が坑道の中へと走り去っていった。要は私が本物である確証も無しに立ち入らせる事は出来ないという事だろう。
「報告によれば、新たに現れた敵は一人なのだろう? ならばわざわざ軍団を動かす必要はあるまい?」
「しかしっ!」
「それとも何か? 私が徒に兵を動かして損耗を広げる愚将だとでも言いたいのか?」
「ととと……とんでもない!!」
尻もちをついた兵士が涙目になりながら激しく首を横に振る。それをテミスは笑顔一つ浮かべずに淡々と追い詰めながら、頭の中では勿体の無い人材だ……なんて事を考えていた。
魔王軍に明確な階級制度があるのかは知らないが、このような施設を警備する警備兵にとって、他軍団の軍団長にこうして詰め寄られるのはかなりのプレッシャーのはずだ。それを、無様を晒しながらではあっても食い止める役目を果たしているのはなかなかに根性がある。
「……で? 貴様は私に武器を向けた。その無礼を償う気はあるのかと……私は先ほどから問いかけているのだがな?」
「勿論! 勿論ですとも! ……しかしっ――」
「テミス殿。警戒態勢故、部下には客以外誰も通すなと命じてあるのです。どうか、その者を責め立てるのはご勘弁を」
勢いよく顔を上げた兵士が、絶望に打ちひしがれた表情で叫びをあげると、横合いからべったりとした声が割り込んできた。
「貴様がここの指揮官か? 軍団長の顔を知らない門番とは、えらく優秀な門番を使っているな?」
声の方向へを向けると、不快さが服を着て歩いているかのような姿をした男が、マグヌスを伴ってやってきた。事前にサキュドから報告は受けていたが、なるほど。正視に堪えないとはまさにこの事か。
「ははっ……できればそこも大目に見ていただきたいですな。なにせ人間の軍団長など前例のない事でして……。皆動揺しております」
「フン……まあいい。久しいな、マグヌス」
「ハッ。この度は――」
「良い。ところで、案内はまだか? まさか、プルガルドくんだりまで呼び出しておいて、私はお預けだなんてことは言うまいな?」
テミスは意識して凶悪な笑顔を浮かべると、余計な事を口走りそうになるマグヌスの言葉を制して言い放った。サキュド達の事もあるし、なるべく早く助けてやるべきだろう。
「はっ……? テミス様、何を……」
「マグヌス、貴様だけ楽しんで私には何もするなと言うのか?」
「いやっ……しかし……」
明らかに動揺したマグヌスの視線が、私と支配人の間を行き来した。そういえばすっかりと忘れていた……マグヌスの頭の固さは筋金入りだったな。
「……一応。確認させていただきたいのですが」
テミスの顔色を窺うように、支配人が媚びた笑みを浮かべて声をあげる。
「テミス殿は人間ですが……同胞で遊ぶことに抵抗感はないのですかな?」
「ああ……」
伏し目がちに媚びたふりをしたまま、さぐるようなまなざしを向けてくる支配人の視線を受け流して、テミスは即答した。
「私は魔王軍の軍団長だぞ? 奴等を憎み、奴等と戦う立場にある。でなければこのような立場には居まい?」
「ははっ! 確かにおっしゃる通りでございますな……では。ご案内いたしましょう」
おおかた、下種な案でも思い付いたのだろう。ぶよぶよと垂れ下がった頬肉を左右に広げてニンマリとした笑みを形作ると、支配人が入り口を開けて一礼をする。
「……フッ。では、行こうか。なぁ……マグヌス?」
テミスは通り抜けると同時にマグヌスの肩を軽く叩くと、壮絶な笑みを浮かべて行動の奥へと歩を進めたのだった。




