46話 苛立ちと慢心
「ったく……滅茶苦茶言うなっての!」
動くものの無い、さながら地獄のような景色の中を疾駆しながらサキュドは毒づいた。
あの清浄な横穴で、サキュドがテミスから受けた作戦はこうだった。
まずは、先に投獄されているであろうこの子供の親を見つけ出して預け、サキュドはそのまま軍団の到着まで潜伏を続けた後、新たに客として訪れたテミスが行動を開始すると同時に、マグヌスと連携して挟撃する。一見理に叶ってはいるが、一時的とはいえ保護対象を獄に繋ぐなど、常識破りにも程がある。
「しかも説明するなって……完全に悪役じゃないっ!」
おまけに、作戦行動にあたってサキュドは、囚人や保護対象に対して作戦を明かす事を禁じられていた。囚人たちが目先の楽を取る為に、看守に作戦を漏らす事を考慮しての事らしいが、これでは自分たちの立つ瀬がないではないか。
「ほんっと……もう! 何処に居んのよッ!」
サキュドは苛立ちを吐き捨てると、男の子を担ぎ直して足を速めた。テミス曰くこの子供の名前はユーキと言うらしいが、サキュドにとってはただの邪魔な荷物でしかなかった。騒がれないために睡眠の魔法を定期的に施さなければならないし、なにより移動の時に運ばなくてはいけないのが酷く煩わしい。
「ちょっと! この中にユーキって子の親はいるかしら?」
「…………」
辛うじて息のあるらしい人間のいる房に辿り着き、乱暴に声をかける。看守の数が少なく、定期の巡回以外は入り口の詰め所で暇をつぶしているだけとはいえ、あまり大きな声を出すのは危険かもしれない。
「チッ……」
サキュドの声に反応して、緩慢に体を起こす者、何処を見ているのかもわからないような生気の無い目で眺める者は居ても、言葉を返す者は居なかった。
「ったく……」
サキュドは二度目の舌打ちと共に、格子を蹴って苛立ちを紛らわせると、次の房を探して駆け出して行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同時刻。テプロー近郊の森。
「せぇぇいいっ!!」
「グオオオオオオッッッ……」
テミスが振り抜いた大剣が、巨大な熊の胴を深く切り裂き、断末魔の咆哮と共に熊がその巨体を地面に横たえた。
「ふうっ……こんなものか……しかし熊狩りなんてケンシンの奴……無茶苦茶な仕事を持ってきたな」
テミスはそうぼやきながら懐をまさぐると、事前に渡されていたスクロールを使って狼煙を上げた。ケンシン曰く、下手に魔法弾で信号を送ると、双方の軍隊を呼び寄せてしまう可能性があるらしい。
「狼煙も大して変わらんと思うがな……」
どちらにしても、位置を知らせてしまう事に変わりはないのだ。それが信号弾であろうが、かつてから狩猟につかわれている狼煙だろうが大差はないだろう。
「この世界にも、食料調達を生業とする狩人を攻撃してはならない。なんて国際条約でもあるなら別だがな」
テミスは自ら口にした冗談の馬鹿馬鹿しさに頬を歪めながら、辺りを見渡す。事前の取り決めでは、獣の解体ができる村人が数人近くに待機している筈だが……。
「お待たせしました」
「っ……エルーシャ!? 君は獣の解体ができるのか?」
小道の奥から現れた姿に、テミスは驚きの声をあげた。商人の娘だとは聞いていたが、まさか熊の解体までできるとは……。
「ふふっ。まさか。解体するのはガラドさんですよ。私は解体したお肉を運んだり……お手伝いです」
「ああ。なるほど」
微笑んだエルーシャの言葉を聞いて納得する。たしかに、これだけ巨大な熊ともなれば解体したところで一人で運ぶのは難しいだろうし、血の匂いを嗅ぎつけて別の魔物がやってくる可能性もある。
「テミスさん、この後は確か……」
「ああ。付近の巡回をしながら薬草の採取だな。実に冒険者らしい」
テミスはそう答えながら、血払いだけして傍らに突き立てていた大剣を背負い直す。正直に言って、こういった純冒険者……みたいなことはやってみたかったし、実際楽しくもあった。
「ふふっ……」
「……? どうした? 何か面白い事を言ったか?」
そんな風にちょっとしたワクワク感に心を躍らせていると、面白そうにクスクスと笑うエルーシャの声が耳に飛び込んできた。
「だってテミスさん。冒険者らしいって……冒険者じゃない」
「――っ!!!」
笑いながら告げたエルーシャの言葉に、背筋が凍り付いた。そうだ。馬鹿か私は。何故そんな不用意な言葉を口にした?
「っあ……いや、あ~……最近なにやら戦争だのなんだのばかりの仕事でな……こういった依頼は久しぶりだったんだ」
我ながら苦しすぎる言い訳だが、これ以上のものはひねり出せなかった。特にエルーシャには一度、私がプルガルドから来ている事を誤魔化している。流石に感付かれてもおかしくはないが……。
「ふふっ、何を慌ててるんです? おかしな人。この後テミスさんが採ってくる薬草は、熊肉料理に使う香草でもあるんですから、あんまり遅くならないで下さいね?」
「あっ……ああ。了解した」
そのままくすくすと笑いながら、解体に取り掛かっている老人の方へと向かうエルーシャに頷きながら、テミスは彼女たちに背を向けて歩き出す。
「……気を付けなくてはな」
テミスはそう呟いてから一度、深く深呼吸をすると更に森の奥へと分け入っていくのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




