485話 魔女達からの贈り物
「……んつん」
「…………」
微睡んだ意識の向こう側から、柔らかな感覚と共に優し気な声が響いてくる。
「……つんつん」
「んむ……」
もう少し寝かせてくれ……。酷く疲れているんだ。
気の抜けるような優しい声と共に繰り出される手を厭い、甘美な微睡みを守るべく、テミスは身を捩ってその魔手から逃れようとする。
「んぁっ……!?」
しかし。
じゃらりという鎖の音と共に、一瞬で意識は現実へと引き戻され、役目を果たし始めた目が映すぼやけた視界には、斜めに傾いた薄暗い地下牢が広がっていた。
「あぁ……そう……だったな……」
不覚にも、本気で寝入ってしまったらしい。
だがそれならば、先ほどまでの柔らかな感覚は……?
ちょうど、四十五度程度だろう。バランスを失って傾ぎ、片腕で吊り下がる形で止まっていた体をゆっくりと起こしながら、寝惚けた脳味噌を起動していく。
確かに、頬をつつく感触と、女の声が聞こえたはずだが……。
「こんばんは。随分と手酷くやられたわね?」
「っ――!!?」
意識が覚醒してから数秒。ようやく定まった視界には、見知った訪問者がクスクスと笑みを浮かべながら人差し指を突き立てていた。
「オズ……何故ここに……」
「ついでに言うのなら、私も居るよ。良い住処だねリヴィア」
目を丸くしたテミスがそう問いかけると、皮肉気な笑みを浮かべたユウがオズの後ろから姿を現す。その腰には、初めて見る剣が提げられており、それは戦えなかったはずの彼女が、戦線へと戻った証拠でもあった。
「ハッ……。あの変態の次はお前達か?」
「フフ……それは魅力的な提案だね。オズが居れば死ぬ事は無いし……」
「……。火炙り? 串刺し? どっちがお好み?」
「――っ」
ユウの言葉に頷いたオズが、捉えどころのない笑みと共にとんでもない問いかけを投げかけてくる。
丸焼けだったユウがこうしてピンピンしているのだ。オズが居れば死ぬ事が無いというのは真実なのだろう。だが、その過程で受ける苦痛が軽減される事は無い。
思い浮かべた凄惨な未来に、テミスは思わず身構えて鼻白む。
流石に、生きたまま焼かれたり刺されたりを繰り返されて、正気を保てる自身は無い。
「フフ……。ひとまず今は、その顔だけで溜飲を下げておくとしようか。それよりも……だ」
「……?」
まるで何かに耐えかねるかのように、テミスの正面に立ったユウが視線を逸らす。
いったい、どうしたというのだろうか? 隣に立つオズが平然としている所を見ると、彼女自身の問題な様な気もするが……。
まぁ、相手は鎖に繋がれているとはいえ、自らを倒した者との再会なのだ。気まずいのは察して余りあるし、憎しみに任せて殺されないだけでもありがたい。
一瞬だけ首を傾げた後、テミスは自分なりの解釈で結論を下して酌量する。
しかし……。
バサリ。と投げかけられた布の感触と共にかけられた言葉が、その結論が間違いであったと物語っていた。
「貴女ねぇ……どうしてそう平然としていられるんだい? ほとんど全裸じゃないか」
「どうして……と言われてもな。生憎、私はお前のように胸がある訳でもないしな。こんな貧相な体を眺めた所で、面白くもあるまいよ」
「普通はもっと恥ずかしがったりするものなんだけどね……。オズも何とか言ってあげたら?」
「え……? 何か問題あるかしら?」
「っ……。そうだった。そうだったね……。アナタはそういう子だった……」
ユウは同意を求めてオズへと水を向けるが、彼女自身もそういった事には無頓着な質なのか、目を半眼にして首を傾げる。
それを見ると、ユウはがっくりと肩を落としてそう呟いた後、テミスへ投げかけた袖の無い病衣のような服を手早く身に付けさせた。
「さて……ひとまずはこれで良し……と」
「……どういうつもりだ?」
テミスへ服を着せ終わったユウは、パンパンと手を叩きながら離れると、まるで用件は済んだと言わんばかりに数歩離れる。
それに付いて、オズも意味深な笑みを湛えながら、説明をする気など無いかのように後ずさった。
「ま……。気になるよね……。別に教えなくてもいいんだけど……」
去りかけたその背に投げかけられた問いに足を止めると、ユウはクルリとテミスを振り返って不敵に笑いかけた。
「その服には呪いがかけてある。解呪はオズにしかできない特別製の呪いがね」
「お手製よ?」
「っ……!」
ピクリ。と。
ユウが答えた瞬間、テミスの視線が着せられた服へと走り、再びユウの顔へと戻る。
ここに来て、余分な事をしたのが仇となったか……。
テミスは胸の中で秘かに舌打ちをすると、苛立ちを隠して歯を食いしばる。
「ソレがあればいくらかは耐えれるはずさ。君の思惑に乗るのは癪だからね。あと一日か二日か……せいぜい死なない事だね」
「フフ……効果は厭でもすぐにわかるわ? それじゃ、また会いましょう?」
しかし、ユウは目を細めて睨み付けるテミスの視線を受け流すと、つらつらとそれだけを言い残して牢の外へと立ち去って行く。
オズもまた、クスクスと楽し気な笑みを残してその背を追って姿を消すと、薄暗い地下牢には再び不気味な静寂が戻ってきたのだった。




