表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/2234

3話 セカイの姿

「んっ? 喧嘩か?」


 厄介な洗礼を潜り抜けたテミスが町の中ほどまで進むと、ひと際大きな人だかりができているのが目に入った。罵声や野次が聞こえるところを見ると、有名人だとかそういった類のものではなさそうだが……。


「あれはっ……」


 人ごみの薄いところをかき分け、中の様子に驚愕する。円の中心で罵声を浴び、石を投げられているのは先ほど街道で見かけた兵士たちだった。


「おい! これはどういう事なんだ? 何故彼らは罵倒されている?」


 テミスは思わず、隣に居た男の胸ぐらをつかんで問い詰める。とても、戦いに敗れて戻ってきた兵士に対する扱いには思えない。


「あ……アンタ、旅人か? 教えてやるから放せって、そんな顔してちゃあ美人が台無しだぜ?」

「っ……」

「アイツらはな、腰抜けの無能なんだよ」


 男は流れるように浮ついたセリフを吐くと、俺が手を放すのを待たずに語り始める。すまんな、外見がこんなでも中身は男なんだよ。


「二週間前、奴らの師団はリーエン地方にある町の開放に向かったんだ、俺達の税をつぎ込んだ、大層な魔道具を持ってな。それがたったの一戦でこのザマだ、ボロボロになって逃げ帰ってきやがった。だから、市民の怒りをぶつけているのさ」

「なっ……」


 再び罵声を上げ始める男を眺めながら、テミスは衝撃に打ちのめされる。今の男の言葉が本当なのであれば、彼らは高価な装備で固めたにも関わらず、中隊規模にまで損害を受けた元師団クラスの軍兵という事になる。


「魔王軍と言うのは、そこまでのものなのか……」


 だが、それとこれとは話は別だ。いくら金を払っていようと、前線で命を張って戦い、傷付いて戻ってきた彼らに与えられるべきは罵声や投石ではない。手厚い治療と安らかな休息ではないのか。


「ぐっ……」


 ガインッ! と。兵士の防具が石を弾く甲高い音がして、テミスの意識が現実へと引き戻される。


「腐ってるな……」


 再び兵士たちに視線を戻したテミスはそう呟くと、きつく拳を握りしめた。

 不思議な事に、兵士たちに途端、驚きと怒りで荒れ狂っていた心が一瞬で凍り付いた。あの兵士たちのなんといじらしい事か。傷の深い者を円陣の中心に、その周りを比較的に傷の浅い者が囲って投石から護っている。その誰もが、口惜しさに唇を噛み締め、涙を流しながら。


「――ッ……いい加減にしないかっ!」


 あまりの理不尽に耐えきれず、テミスは大声を上げながら猛る民衆と兵士の間に飛び込んだ。


「待て、いいんだお嬢ちゃん……」


 背中から、かすれた声で静止する兵士の声を無視する。ここで見てみぬふりをして、彼らを見捨てる事などできるものか。


「勝敗の如何によらずとも、地獄のような戦場に赴いて帰ってきた戦士たちに、貴様等がそのような言葉をかける資格があると思っているのか!」


 突然の乱入者にどよめく群衆たちを、テミスは目に力を込めて睨みつけた。


「彼等に護られているお陰で安全な町から金だけ出した程度で、戦っている気分に浸ってるんじゃない!」

「ふ……ふざけんな! 貧民風情が何をわかったような口をきいてやがる!」


 一瞬どよめいた群衆の中から、大きな男の声だけが響いてくる。その声に触発されたかのように、私を罵倒する声が群衆の中からあがりはじめた。


「貧民。ね」


 テミスは一瞬だけ自分の服装に目を落として嘆息する。なるほど、確かに周りの連中の身なりと比べればかなり簡素だ。そう見えても仕方は無いだろう。

 顔に彰かな嘲笑を浮かべ、テミスは男の声が響いてきた方の群衆を纏めて睨み付けると、高らかに声を張り上げた。


「そこまで文句を言うのであれば、傷付いた彼等の代わりに、次はお前達が戦地へ赴いて勝利の誉れをもぎ取ってくるのだな?」


 安全地帯に居る自らの身をも危険に晒しかねない問いかけに、群衆が再び静まり返る。所詮、文句だけ達者な連中に、戦地に……現場に立つ覚悟など無い。ましてや、現場の事を何も知らない部外者が、わざわざ口を挟んで罵倒して良いはずがないのだ。文句を言いたいのであれば、同じシチュエーションを体験してから言うべきだ。


「その気がないのならば、退け! 英雄たちに道を開けろ!」


 群衆の動揺が収まらないうちにテミスが叫びをあげ、町の中へと続いているであろう方向へ一歩を踏み出す。すると、かの神話のモーセの如く人垣が割れて道ができあがった。その中には、あろうことかこそこそと集団を抜け出し、逃げ出す者まで出てくる始末だ。


「ここまで腐っているとはな……」

「すまない……ありがとう、お嬢ちゃん……」


 吐き捨てるように呟くと、後ろから一番怪我の酷い中年の兵士が掠れた声で礼を言ってくる。


「私は、当り前のことをしただけです。……早く行って治療を」

「ありがとう。すまないっ……」


 そう言ってテミスが道を譲ると、兵士たちはボロボロの体を引きずりながら、口々に礼を言って去っていく。彼等の姿が道の向こうへと消えると、殴る相手を失った群衆がばらばらと日々の生活へと戻っていった。彼らにとっては、この私刑すらもただのイベントに過ぎないのだろう。


「むっ……おい、お前。少し待て」


 テミスはゆっくりと解散していく群衆の中に、先ほど問い詰めた男を見つけて呼び止めた。


「ひっ……な、なんだよ?」

「ん? 何をそんなに怯える?」


 何の気なしに肩を掴んで呼び止めたが、男の肩はまるでバイブレージョンのようにぶるぶると震えていた。


「だ、だってお前、今の連中の家族か恋人だろ? わ、悪かったよ……」


 どうやら彼らにとって自分は、肉親の情や恋人への想いから、愛する者を守るために勇敢に殴り込んだ少女……と言う認識のようだ。誤解をさせておいても良いが、これからの生活に支障をきたす可能性は潰しておきたい。


「はぁ、言った通り。私はただの旅人だ。彼等には何の関係も無い。心配なら、門の所の衛兵殿にでも聞いてみるといい」

「本当に……関係無いのか? なら何であんな事……」

「それこそ、お前には関係ない。そうだな、衛兵殿に聞くときは、銀髪の娘の胸の具合はどうでしたか? とでも聞くと良いさ」

「なっ……」


 テミスがニヤリと笑ってそう告げてやると、目の前の男の顔が朱に染まり視線が下がる。

 どうでもいい事だが、胸に視線を感じる……なんて言うのは比喩でも何でもないらしい。


「何を想像してる? ボディチェックとの事だったが……」

「ゴ、ゴホンッ……な、なら何の用だよ?」


 テミスが更に笑みを深め、あくどさすら浮かべて嗜めてやると、男は慌てて視線を戻して話を逸らした。悪いな、男が考える事なんざお見通しだし、何処を突かれたら痛いかぐらい手に取るように解る。


「冒険者ギルドは何処だ?」

「あ、ああ……アンタ、冒険将校志望か。ギルドならここから6軒目の大きな建物だが……」

「だが?」


 テミスは冒険将校という聞き慣れない言葉に首をかしげる。

 女神は確か、冒険者ギルドで登録を……と言っていたはずだが。


「その……俺がここに居た事さ、忘れてくれよ……家族が居るんだ。徴兵されたくねぇ……変態衛兵の事、俺が見たって詰め所に言っておくからさ……」


 男は歯切れ悪くそう言うと、テミスに向けて頭を下げる。冒険将校と言うのは、そこまで権力のある役職なのだろうか。


「仕方のない奴だ。それで許してやる」

「す、すまねぇ。絶対に約束は果たすからっ……ホント、頼むぜっ!」


 テミスがため息交じりに承諾してやると、男は念押しして頭を下げて、脱兎のごとく駆け出して居なくなってしまった。


「あ、ちょっ……はぁ、まあ良いか」


 いちいち詰め所を探し出して出向くのも面倒だったので要求を呑んだが、先に冒険将校の事を聞けばよかったか……。


「しかし、まぁ……」


 テミスは言葉と共に辺りを見回すと、その光景に大きなため息を吐いた。

 ものの数分、テミスが男と問答している間に、通りはすっかりと日常風景を取り戻していた。


「何が望む世界だ……景色こそ違えど、まるで同じ世界に居る気分だ……」


 権力を笠に着たセクハラに、安全地帯から罵る民衆。正義の在処など関係なく、多数が少数を支配して凌辱する世界。このザマでは魔王とやらを倒したところで、次は人間同士で戦争を始めるだろう。


「せっかく、少しだけワクワクしてたのに……」


 ぶらぶらと歩きながらテミスは、うわごとのようにひとりごちる。

 手に入れた能力で浮ついていた気分がすっかり萎え、まるで転生など無かったかのように感じる。世界を変えたくらいでは、人間の愚かさや汚さは変わらないのだろうか。


「5……6……、ここか」


 重い足を惰性で動かしていると、男に教えられた建物にたどり着く。西部劇の酒場のような入り口から見える店内からは、まるでアニメやゲームの冒険者ギルドそっくりな風景が見て取れたが……。


「店員らしき人しか……見当たらないな」


 かつて、冒険者たちが酒を片手に武勇を語ったであろう机に、山積みにされた書類には強烈な違和感を感じる。まるで、大衆居酒屋を改装せずに役所にでもしたかのような、ちぐはぐな雰囲気が空間を支配していた。


「いらっしゃい」


 薄暗い店内に入ると、カウンターの向こうに居る眼帯をした女性から、やる気のない挨拶があっただけだった。店の奥で掃除をしているウエイトレス姿の女の子も覇気が無く、どこか気だるそうだ。


「えっと、冒険者ギルドはここで合っているんだよな?」


 テミスはカウンターに近寄りながら、異様な雰囲気に呑まれて口を開いた。


「ああ、そう言うアンタは冒険者将校希望かい? それにしちゃ、美人だが……来る所を間違えちゃいないか?」


 言葉と共に、眼帯の女の残った目に気遣わし気な光が宿る。それは、冒険者が将校になるのを引き留めるかのような表情だった。


「冒険者将校……? と言うのが、私が軍に入る方法なら、そうだが……」

「やれやれ、そう言う手合いか。最近多いね……。いいよ、イチから説明してあげる」


 眼帯の女は手近な書類の山から黄味がかった紙を一枚引き抜くと、目の前のカウンターの上に置いた。


「まずは、自己紹介だ。冒険者ギルド……いや、元・冒険者ギルドの店主、アトリアだ」

「元……? あ、私は、な……テミスという」


 思わず、元の名前を名乗りそうになって慌てて言い直した。改名というのはなかなかどうして慣れないものだ。


「ナテミス? 変わった名だな?」

「い、いや。すまない、私の名はテミスだ」


 首を傾げたアトリアに慌てて名を告げ直す。自分が付けた名前ではあったが、いざ名乗るとなると気恥ずかしい。


「ククッ……テミスね。よろしく。んで、冒険者将校ってのだが……」


 アトリアは目を細めて少しだけ楽しそうに笑うと、元の表情に戻る。恐らく、今の笑っている表情が彼女本来の顔なのだろう。


「戦争で枯渇した人的資産、つまり兵士を冒険者で補う制度さね。お偉方は義勇軍なんて言っているが、ただの捨て駒。将校なんて大層な地位も、戦争が終わるか死ぬかすれば剥奪されるお飾りさね」

「なっ……馬鹿な、二階級特進すらも無いのか……」

「そりゃ、正規兵の話さ。それに、死んだらそんな事は、アンタにゃ関係ないだろう?」


 アトリアの目に鋭い光が宿り、カウンターが音を立てる。

 言葉の真意こそ測りかねるが、つまるところ身寄りのない人間が行きつく先、という意味だろう。


「あ、ああ……。そうだな……」

「フンッ……、まぁいいさね」


 テミスが曖昧にほほ笑んで返すと、アトリアは不機嫌そうに鼻を鳴らして続きを語り始める。


「魔力や戦力の強さで初期階級が決まる。最近は何故だか、たまに来るアンタみたいに常識も無い奴の魔力や戦闘力がずば抜けてるんだ。そこだけは期待してるよ」


 どうせなら……。と言いかけてアトリアが口をつぐむ。その、無知なくせに強力な奴って言うのは転生者の事なのだろうが、俺は無駄に高い階級を付けられて、その上で無意味な権力争いなんて真っ平だ。


「んじゃ、とりあえず魔力球に手を置いてみてくれ」


 アトリアはそう言うと、何やら占い師が使う水晶玉のようなものを取り出して、カウンターの上に置いた。魔力とやらを測定するアイテムなのだろう。


「こう……か?」

「ああ、それでい――あぶねぇっ!」


 ピシッ、っと音がした瞬間に腕を掴まれ、カウンターを飛び越えて来たアトリアに床に組み伏せられる。直後、軽い爆発音と共に、ガラス片のようなものが降り注いできた。


「あの……アトリア?」


 気が付けばテミスは、露出の多い、まるで冒険者のような服装のアトリアに押し倒され、あまつさえその胸に抱かれていた。女の身になったとはいえ、こういった状況は非常に心臓によろしくない。


「アンタ……いったい何者だい? まさか、魔王軍……って訳でもなさそうだけども……」


 体勢を起こしたアトリアが、驚愕の表情で俺の顔を見ている。これもお約束と言うかなんというか、俺は異常なほどの魔力を持っているようだ。


「だが、力の強い連中は今までにも居たんじゃないのか? ならば計測器が壊れるなんて、よくある事だろう」

「馬鹿言うんじゃないよ!」


 あの神が何人この世界に送り込んだのかは知らないが、この分では相当な人数なのだろう。テミスは気を紛らわすのも兼ねてそんな事を考えながら、アトリアの手を借りて立ち上がって問いかけると、怒声が返ってきた。


「魔力球はそんじょそこらの魔族の魔力を受けたって壊れやしない代物だ。それこそ、軍団長クラスの魔力でもなけりゃ、砕けるなんてことは無いんだよ。悪いことは言わないから、冒険者将校じゃなくて、正式に軍に入りな! いや、いっそ軍になんて入らずに、戦争が終わるまでどこかで隠れて暮らすんだっ!」


 引き揚げられた勢いで、そのまま凄まじい力で両肩を取られて、アトリアの立場とはまったくあべこべなことをまくしたてられる。


「そこは、是非軍に……って言うべき所なんじゃないのか?」


 テミスはクスリと笑みを浮かべると、肩に置かれた手を無視してアトリアの目を見つめる。残念ながら彼女の様子だと、人間の軍とやらも多分に漏れず居心地の良い所ではなさそうだ。


「冒険者のまとめ役って役どころをやってるとね……色んな事が聞こえてくるんだよ」


 アトリアはそう前置きをして俺の肩から力なく手を下ろすと、どこか疲れ切ったような笑みを浮かべてゆっくりと口を開いた。

7/20 誤字修正しました

1/2  加筆修正しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ