幕間 敗北を越えて
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
ペタペタと石畳に響く音が、周囲の喧噪に溶けて消える。
テミスとの戦闘を終えた後、オズとユウは自分たちの住家へゆっくりと踵を返していた。
その道中。オズもユウも一言も発する事は無く、灰になってしまった服の代わりに借りた長いローブが、夜風に静かに揺られていた。
「それで……どうするの?」
「……どう……する?」
ぽつり。と。
不意に沈黙を破ったオズの問いに、ユウは首を傾げて問い返した。
私は負けた。命懸けで、全部燃やし尽くしてもいいとさえ思って力を振るったのに。あの女には全く届かなかった。
「貴女の隣が私の居場所。ユウが行くと言うのなら、地獄の底へでもついて行くわ?」
「オズ……」
オズは涼しい顔でユウの顔を覗き込むと、事も無げにとんでもない事を言い放つ。
つまり、彼女は問うているのだ。
宿敵を追うか、この町に留まるのか、それとも……。
「っ……」
ぎしり。と。
ユウはオズのローブを体に巻き付けると、わだかまる感情に歯を食いしばって問いかける。
この世界が……許せるか?
――否。
私達を利用したあの女を許せるか?
――勿論否だ。
けれど。
『次こそは、私が斬って捨てるに値する外道に身を窶していろ』
ヤツが言い残した言葉が、残響となっていつまでも胸の中に響いていた。
斬る価値も無い……そんな私に、命を賭してまで狙われて。彼女は何を思ったのだろう。
ユウは辿り着いた第五住宅を見上げて、小さくため息を吐いた。
「ねぇ……オズ?」
「…………」
小さな声で隣に立つ親友の名を呼ぶが、静かな沈黙が返ってくる。
ユウが少しだけ不安になってそちらに視線をやると、柔らかく微笑んだオズが首を傾げてこちらを眺めていた。
――そう。オズはいつもこうだ。
いつでも、私の事を何でも見透かしたような顔をして、求める物を全て先に用意している。
私が引っ張ってたはずが、いつの間にか彼女に引っ張られて、護られていた。
「っ……!?」
パチン。と。
ユウが視線を建物へと戻した瞬間。真隣から響いた指を弾く音と共に、目の前の景色が一瞬で変化する。
落とされた明かりに、生活感の薄い居室。塵一つない程に片付けられたその部屋は、まるで最初から、そこの住人など居なかったかのような寒々しい雰囲気を醸し出している。
けれど、私は確かに知っている。
「……」
「フフ……」
薄暗い部屋の暗がりでオズが微笑む声を聴きながら、鍵の掛けられていない窓を開け放って空を見上げた。
紛れもなく、この部屋は私が彼女たちの為に用意させたものだ。
「ねぇ……オズ」
「なぁに?」
「アイツらは何で……」
ユウは心の中に沸いた漠然とした疑問を口にしかけるが、その言葉は紡ぎ切られる前に虚空へと霧散した。
その言葉に導かれるように、ゆっくりと暗闇から歩み出たオズが、静かな笑みを湛えながらユウの隣へと歩み寄る。
「……全部アイツの思い通りって言うのは、なんか癪よね」
「そうかしら? ただ流れるのも、気持ちいいわよ?」
固まりかけた決意を具現化するように、ユウは静かに呟きを漏らす。
しかし、その隣からは、ようやく固めた決意を溶かそうとするかのように、クスクスと笑うオズの声が茶々を入れる。
「っ……。貴女とは違うのよ」
そう。私はオズとは違うのだ。
ならば、私がこの世界の人間を許せないように、あの女にもきっと、譲れない何かがあるから戦っているのだろう。
なら……私はそれを知りたい。
いつの日か忘れ去った思いが、ユウの焼け焦げた心に再び火を灯す。
「アラ。残念。でも……それも、面白いかもしれないわ?」
夜空を見上げてこぶしを握り締めたユウの隣で、オズはただ満足気にそう嘯いたのだった。




