幕間 雌伏の時
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
「腹が……減った……」
光も射さない地下水道の中で、白翼騎士団の騎士リット・ミュルクは弱々しい声をあげていた。
その傍らでは、最早うめき声しかあげない団員たちが、硬い石畳の上に横たわっている。
「クソ……一体いつまでこうしてりゃあ良いんだ……?」
ミュルクは立てた膝にゴツンと自らの額を打ち付け、心の中にわだかまる思いを漏らす。
この町に来てから続く、潜伏に次ぐ潜伏生活は確実にミュルクを含む騎士団員たちの心と体を削り、もはや限界を迎えていた。
加えて、ここ数日は昼か夜かもわからない地下水道に籠る日々。テミス達の残した多少の食糧と、目の前を流れる大量の水があるとはいえ、心は日に日に弱っていく。
部隊の中でも健康で、かつ比較的に心が強いと自負しているミュルクでさえこのザマなのだ、怪我で伏せっている者なんていつ発狂してもおかしく無いだろう。
「っ……駄目だ。水でも飲もう……」
シュボッ……。と。
ミュルクは自らの懐から魔石の欠片を取り出すと、ナイフと打ち合わせて携帯用の調理セットに火を起こした。
カルヴァスの詰めている一角には、油を始めとする大量の物資が保管してあった。だからこそ、こうして辛うじて水だけは飲む事が出来るのだが、地下水道の湿度のせいか、乾パンや干し肉といった備蓄食料は微々たるものしか無く、その所為もあってミュルク達は白湯で糊口を凌ぐ日々を送っていた。
「んぐ……く……はぁ……。ホラ……少しでも良いから飲んでおけ」
「うあ……あ……あぁ……」
「っ……」
自らの分を飲み終えたミュルクは、虚無感にも等しい物足りなさを感じながら伏せった団員に声をかける。
すると、伏せっていた団員はうめき声にもならないような曖昧な音を垂れ流しながら体を起こし、緩慢な動きでミュルクが差し出した白湯に口をつける。
このままじゃ駄目だ。俺は兎も角、傷を負った奴等がもう持たない。
口の端からぼたぼたと零しながら白湯を啜る仲間を見ながら、ミュルクはそう確信した。
奴は、泥水を啜ってでも、騎士の誇りを棄ててでも耐え忍べと言ったが俺達だって人間だ、物には限度がある。
幾ら手当を施そうと、気が塞げば傷は簡単に膿み朽ちるし、治りも遅くなる。
「何か……何か探さねぇと……」
ミュルクは調理セットの火をランプへ移すと、ゆっくりとした足取りで狭い地下水道の道を歩き始める。
現在、ミュルクに下されている命令は地下水道での待機だ。
故に、外に出る事は命令違反だが、壁の苔や雑草を採りに行くくらいならば問題無いだろう。
ユラユラと頼りない光を携えてあてどなく歩き回りながら、ミュルクは言い訳じみた言葉を胸の中で反芻する。
自覚は無いものの、ミュルク自身の心も随分と弱っていたのだろう。いつもの彼ならば自信満々に、弱っていく仲間の為だとカルヴァスへ主張し、許可をもぎ取ってから動いただろう。
しかし、誰にも何も告げず、こうして一人で歩き回っている事こそ、自分が日に日に衰弱していく仲間の姿を見ていられなかっただけではないのか……という自責の念が、先の見えない暗闇の中を歩けば歩く程ミュルクの心を蝕んでいく。
「違う……俺は……俺は……っ!! んっ……!?」
遂にミュルクが自責の念に駆られ、ランプを振りかざして叫び声を挙げかけた時だった。
微かなランプの光が一瞬だけ照らし出した視界の端。この地下水道特有の、壁に設えられたくぼみのような場所に、壺のようなものが見えた気がした。
「壺……? いや……だが……」
それは、物資を求める自分が見せた都合の良い妄想ではないか?
そんな懐疑心を抱きながらも、ミュルクは花に釣られる虫のように、フラフラとした足取りでその場所へ足を運ぶ。
するとそこには、確かにいくつかの壺が置かれており、その蓋には湿度の高い地下水道での保存に合わせたのか、微弱な火属性の術式が刻まれており、中身が保護されている事を示していた。
「何で……こんな……。っ……!! そうか……あいつっ……!!」
刹那。ミュルクの脳裏に電流のような閃きが走った。
あの女は見越していたのだ。飢えに苦しんだ俺達の中の誰かが、こうして何かを求めて地下水道の中を探索する事を。
いくら奴といえど、白翼騎士団全員を食わせる程の食糧の持ち合わせは無かった。
だからこうして、俺達に限界まで耐えさせる為、食料をあえて別の場所へ隠したのだ。
「性格……悪すぎんだろ……ったくよぉ……」
そこまで理解して、ミュルクは壁に拳を叩き付けると、涙声でテミスを非難する。
俺達がどんな思いまで今日まで耐え忍んできたか、奴には到底わからないのだろう。
けれど、こんな誇りを嘲笑うような仕打ちを受けて尚、抑えようの無い喜びが胸の中に湧き出るのを、ミュルクは止めることができなかった。
これで……あいつらが少しでも元気を取り戻せば……。
そんな思いを胸に、ミュルクは目の前に置かれた壺を一つだけ抱えると、足取り軽く仲間たちの元へと帰っていったのだった。




