480話 一つの想い。二つの剣
「ハァァッ!!!」
まず、戦端を切ったのはテミスの剣だった。
土煙と共に疾駆するトラックの一団を視界に捕らえた瞬間、テミスは相対すように駆けながら、構えた剣を交叉させて能力を発動させる。
すると、構えた剣が白く光を帯び、次の瞬間。X字の残影を刻みながら、鋭い斬撃が一団に向けて放たれた。
「月・光・斬!!」
ズドォォンッッ!! と。
狙われた中央のトラックは、先頭を走るジープのような護衛車ごと切り裂かれて爆散し、追撃部隊は即座に左右へ割れて車を止め、応戦の兵が続々とトラックの中から叫びと共に飛び降りて来る。
その誰もが、腰や背に剣だの槍だの杖だのを帯びた、所謂ファンタジーの騎士然とした装いであり、テミスは残心を解きながら秘かに胸を撫で下ろしていた。
仮に拳銃であっても、あの人数を以て一斉射撃されたら、今の私ではひとたまりもなかった。
いつもならば、大剣を盾に凌ぐ事は出来るが、今手にあるのは二振りの片手剣。
小柄なテミスと言えど、身を隠すのには使えない。
「即応! 陣形を組め! B隊を守れッ!」
「ホゥ……?」
ゆらりと自然な構えに戻ったテミスの前で、ヤマトの騎士達は怒号をあげながら毅然とした動きで陣形を作り上げつつあった。
大盾を手にした重装備の者が前に、そんな騎士達に守られた後ろでは、長槍と剣を携えた者達、更にその後方では、弓や魔法杖を構えた兵たちが一様にその切先をテミスへと向けている。
「待て」
「っ――!? アーサー……様ッ!?」
だが、その仲間を殺された怒りの込められた刃が放たれる直前。彼等の後ろに颯爽と現れた男の声が、攻撃を押し留めた。
「一人かい?」
「……あぁ」
「なら私達は、投降の勧告をしなければならないね」
「アーサー様! 奴は奇襲でB隊の仲間達をッ!!」
静かに紡がれた主の言葉に、アーサーの前で盾を構える重装騎士が、血走った眼でテミスを睨み付けながら抗議の声をあげる。
しかし……。
「タリク。我々は文明人だ。仲間を傷付けられた怒りは分かるが、私怨で行動してはいけない。我々は、この世界の野蛮な連中とは違うんだよ」
「っ……。申し訳……ありませんっ……!!」
アーサーが静かな声で諫めると、タリクと呼ばれた重装騎士は黙り込み、より一層の闘志を燃やしてテミスを見据えて盾に力を込める。
随分なカリスマじゃないか……。と。
その問答を涼し気な表情で眺めるテミスは、心の中で皮肉を呟いた。
この世界で生きる人々と自分達を区別し、彼等とは異なるが故に気高き意思を貫け……。随所に甘い蜜が塗された、完璧とも言える演説だった。
「投降すれば……見逃すと?」
「あぁ。命までは取らないさ。しっかりと罪を雪いだ後、我々と共に――」
「――ククッ。罪ねぇ……。例えば……こんな事か?」
「――っ!!! アーサー様ァッッ!!」
テミスが皮肉気に口元を歪めて言葉を放った刹那。
剣を持ったその手が閃いて、鋭い斬撃が地面をも切り裂きながらアーサーへと肉薄した。
しかし、その斬撃はアーサーの前に割り込んだタリクによって弾き飛ばされ、バギィンッ! という重たい金属音が辺りへと響き渡る。
「……ありがとう。タリク。だが、今の一撃は……いや、私への攻撃は赦そう。それに君ならば、『首輪』こそ着けてもらうが、ヤマトを守る者として剣を取る事を許そう」
「ハッ……!!」
攻撃を受けて尚。余裕の笑みを浮かべて手を差し伸べるアーサーに向けて、テミスは吐き捨てるような嘲笑と共に胸を張って答えを返す。
「お断りだ。貴様の犬になぞ、死んでもなるものか」
「……残念だ。でもね、君は俺に必ず力を貸す事になる」
「っ……。下らん妄想だ。この私が、そんな事を承諾すると思うのか?」
「させて見せるさ」
自然に言葉を交わしながらも、テミスは辺りに漂う空気がピリピリとした緊張感を帯びていくのを肌で感じ取っていた。
これ以上の時間稼ぎは難しい。
そう確信し、体を半身に捌いて両手の剣をゆっくりと構える。
それは、西洋剣を体の前で正眼に、黒剣は後ろの肩に担ぐようにした奇妙な構えだった。
しかし、その異様な構えは確かな殺気を以て相対するヤマトの兵士達を圧倒し、いつの間にか戦場は、焦がれるような緊迫した空気で張りつめていた。
「……気付かれたか」
「当り前だ」
「まぁいいさ。結果は変わらない」
「それはどうかな?」
張り詰めた空気の中、テミスとアーサーが短く言葉を交わす。
アーサーの傍らでは、矢を番えた弓兵と杖の先からかすかな光を迸らせる魔法兵がテミスを見据えてその時を待っていた。
「フフ……。撃てッ!!」
「ハッ!!」
「迸れ――雷よッ! タケミカズチ」
「燃え盛れ――炎ッ! スサノオ!」
そして、アーサーの号令と同時に、蓄えられていたすべての力がテミスへ向けて放たれる。
「――行くぞ!! 誰一人としてここを、通れると思うなよッッ!!」
雷と炎、そしてその熱量と紫電を纏った矢。
圧倒的な暴力が渦巻く弾幕へ、テミスは雄叫びと共に真正面から飛び込んでいくのだった。




