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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第10章

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479話 殿

 吹き渡る風が髪をたなびかせ、訪れた静寂が心を落ち着かせる。

 周囲には麦畑。それを管理する者は最早居らず、ただざあざあと風にその身を揺らしていた。


「……不思議な気分だ」


 ぽつり。と。

 生い茂る麦をかき分けて街道へ戻り、前を見据えたテミスは小さな声で呟いた。

 その向こうからは、この水の中のような心地良い静寂を乱す駆動音が、徐々に近づいてきている。


「これから赴くのは戦場。激闘は必至。だというのに……」


 ――心はさざ波一つ無い湖面のように静かだった。

 つい先ほどまで、あれだけ怒りに燃えていたというのに。

 過ぎたる焔は己が身すら焼く。もしも、あのまま怒りに任せて戦いへと赴いていれば、私はいつも通り、ただ敵を殲滅する為に剣を振るっただろう。

 だが、今回の戦いは撤退戦。今まで私が潜り抜けて来た死線とは別の性質のものだ。いかに相手の時間を浪費させる事を目標とし、進軍の邪魔をする。そんな戦いでは、視野を狭めるあの激情はむしろ邪魔なものだ。

 勿論、私の身すら灼こうとしていたその炎を消し止めてくれたのはサキュドなのだろう。


「得難い部下だよ……本当に」


 テミスは微笑んでそう呟くと、見え始めた土煙を見据えて両手で剣を抜いた。

 右手には、燦然と煌めく漆黒の剣。今は片刃の片手剣へと姿を変えているが、元はテミスの身の丈ほどの大剣。幾度となく共に視線を潜り抜けてきた相棒だ。

 左手には、粗末な拵えながらうっすらと光を帯びた両刃の西洋剣。テミスが手ずから、フリーディアの為に創り上げた強力な魔剣だ。


 まさか、この剣を自分で使う事になるとは思わなかったが、潜入用に大剣の形を変えている事だし、多数を相手に戦うのならば都合も良い。


「あとは……この身体がどこまで持つか……か……」


 テミスは忌々し気にそう呟くと、フリーディアによって処置の施された腹の傷へと視線を落とす。

 あれから暫くの間、力を回復に宛てたが不十分だ。コンディションとしては最悪に近く、全力で戦うのは厳しいだろう。

 敵は強大だというのに、こちらは手負い。更には此方の背には百人以上の命を背負っている。さっさと尻尾を巻いて逃げる事もできない。

 敗色は濃厚。生存は絶望的。味方が逃げ延びる時間を一秒でも長く、己が命と引き換えに創り出す。それが、本来の殿(しんがり)の役目だ。


「だが……まぁ、うん。何とか……なるだろう」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべてテミスはそう嘯くと、手にした剣を振るって宙を薙いだ。

 ヒャゥンという風切り音が心地よく辺りに響き、テミスの意識を集中させていく。

 今更、策など無い。

 だが……それがどうした? 窮地に陥るのなんていつもの事じゃないか。想定外の起こらない戦いなんて無かった。

 ならば、やる事はただ一つ。ただひたすらにあがいて、あがいて、あがき続けるだけだ。この手の動く限り。この脚の動く限り。死力を尽くして連中をこの地に押し留めてやる。


「ククッ……あのスかした面がいつ青ざめるか……楽しみだ」


 テミスは呟きと共に不敵な笑みを漏らすと、ゆらりと体を揺らして土煙をあげて迫り来る追撃部隊に向けて駆け出したのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方その頃。

 カルヴァスの指揮の元、ヤマトから逃れた一般人百余名を加えた白翼騎士団は、ロンヴァルディアへ向けて撤退を始めようとしていた。

 しかしその速度は遅々として進まず、ちょうど今、前方と後方の守りを騎士団が守護する隊列が完成した所だった。


「待ってくれ! ウチは馬を貸したんだ! もっと前方に配置をしてくれッ!」

「子供や老人だって居るんだ! 馬車には騎士様より彼等を優先した方がいいだろう!」


 だが、ようやく形成した隊列からは不満が噴出しており、口々に文句を言う村人が既にその列を乱し始めていた。


「お気持ちは重々お察ししますが、今は火急の時。行軍速度が生死を別けます。ですから、どうか騎士団の指示に従って――」

「――だからその為にこうして言っているんだろう! ええい! お前じゃ話にならん! さっきの嬢ちゃんを出せ! 団長なんだろう!?」


 なだめに入ったカルヴァスの言葉を無視して、一人の男が声高に声をあげると、隊列の中からそうだそうだと口々に同調の声が上がる。

 これではいつまで経っても出立できないどころか、今こうして浪費している時間のせいで全滅しかねない。


「クッ――」


 何故、今回に限って。あの冷酷な女は我等が団長を諫めてくれなかったのか。

 そんな思いが、歯を食いしばったカルヴァスの脳裏を過る。それに、住人たちの要求も無茶だ。今のフリーディア様を彼等の前に出す事は出来ないし、あの取り乱し様では回復するまでに今しばらくの時間が必要だろう。


 ――やはり、住人を全員助けるなんて不可能なのだ。彼等を抱え込んで全滅するくらいならばいっそ……。


 そんなどす黒い思いが、カルヴァスの心の中を蝕み始めた刹那。


「黙りなさいッッ!!」


 ジャギィィンッッ!! と。

 突如姿を現し、その手に持った紅槍で地面を真一文字に切り裂いたサキュドが、凛と声高に叫びをあげた。


「アンタ等は黙って足を動かせばいいのよ! これ以上ぐちゃぐちゃ文句を言って、テミ――あの方が稼いでくれる時間を無為にするのならここで殺すわよ!!」


 その言葉を放ったサキュドは、隣で見ていたカルヴァスでさえ震えあがる程の冷たい殺気を、文句を垂れる住人達へと向けていた。

 そんな、戦場を駆けるカルヴァスでさえ肝を冷やすほどの殺気にただの一般人が耐えられるはずも無く、瓦解寸前だった隊列は形を成し、喧々囂々と飛んでいた不平不満の声は消え、水を打ったように静まり返っていた。


「……やればできるじゃない。カルヴァス。代わるわ」

「し……しかし――」

「――うるさいわよ。同じことを二度言わせる? 邪魔をするなら、あなたもここで殺していくわ」

「っ……! やむを得ん……」


 静まり返った空気の中で、カルヴァスは殺気をまき散らすサキュドの言葉に気圧されるようにして頷いた。

 恐怖で縛るのは問題だが、事実として不満の声は収まり、これで迅速に出立する事ができる。


「ならキビキビ動きなさい! さぁ、行くわよ! 出発ッ!」


 こうしてカルヴァスから指揮権を強奪したサキュドが、険しい顔で怒号に似た号令を下すと、隊列は渋々といった雰囲気でようやく動き始めたのだった。

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