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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第2章

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44話 光無きセカイ

「ったく……あの馬鹿共はいったい何をやっているんだ?」


 昼過ぎのケンシンの館で、ぶすくれた顔のテミスが呟いた。

 事が起きたのは、約一時間ほど前。テミスがまだ夢の世界を漂っていた頃の事だった。

 一人の商人がケンシンの元を訪れたのだが、その商人が持ち込んだ物が問題だった。曰く、宿屋の主人からの手紙だそうで、大至急でテミスという少女に届けてくれと言付かったらしい。もっとも、その商人自体も使いの者から託されただけで、直接依頼人に会ってはいないらしいが。


 かくしてテミスは、エルーシャの家を訪ねたケンシンの手によって叩き起こされ、今に至る訳だが……。


「お前ももう少し配慮と言うものはないのか? いくら何でも婦女子が眠っている部屋に突撃してくるのはどうかと思うが?」

「ははっ。ご冗談を」

「チッ……」


 苦し紛れの憎まれ口をさわやかな笑顔で返され、八つ当たりの場所を失ったテミスは忌々しそうに舌打ちをしてから、件の手紙に目を落とす。ケンシンの能力で参照できる範囲はこの世界の事象のみ。以前の世界でのことまでは解らないと言っていたが、この調子ではそれもどうだか……。


「それで……その内容は僕にも教えていただけるのでしょうか?」

「ああ……私の命令をどう取り違えたのかは知らないが、部下たちが逸ったらしい。詳しいことは解らんがな」

「と……言いますと? 何故その知らせが宿の主人から届くのか、など……お聞きしたい事が先ほどから増える一方なのですが」


 笑顔を張り付けたままのケンシンが、どこか困ったように首をかしげる。コイツはアレか? 笑顔以外の表情が作れんのか?


「ハァ……宿の主人はただの逗留先というだけだ。荷物を残してどこぞへ出かけたまま、待てど暮らせど帰ってこないらしい。私は町や施設の様子を探れと言ったはずなのだがな」


 慎重なマグヌスの事だ、おおかたサキュドが癇癪を起したのだろうが……あの二人が帰らないなど、よほどの戦力を蓄えていたと見るべきか……。


「それで……どうしますか? 申し訳ありませんがこちらからは手勢を出す余裕はありません。かと言って、あなた一人で斬り込むのも厳しいでしょう」

「ああ……ファントから部隊を招聘するだけでも数日はかかる……傷の事もあるし、ひとまずは様子を見るしかないか……」


 テミスは深いため息と共に手紙を握り潰すと、天井を仰ぎながらゆっくりと左右に首を振った。何処までも退屈しないし気の良い連中ではあるが、どうにも手がかかりすぎるきらいがあるな……。


「ケンシン。一部屋借りるぞ」

「それは……構いませんが……何をするつもりで?」


 扉の前へと移動したテミスは、肩越しにケンシンを振り返ると、ひどく面倒くさそうな顔で口を開く。


「一応、通信術式を使って呼びかけてみる。何か状況が掴めるかもしれんしな。傍受するのならどうぞご勝手に」


 そう言い残して、テミスは扉の外へと消えて行くのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「これは秘匿通信だ。サキュド。マグヌス。密かに応答できる場合のみ応答せよ。繰り返す。密かに応答できる場合のみ応答せよ」

「んっ……?」


 頭の中に声が響き、サキュドは半ば強制的に意識を覚醒させられて半身を起こした。


「ああ……そうだったわね……」


 痛む腰をさすりながら立ち上がり、最悪の現状を思い出す。あれから坑道の奥へと逃げたのは良いが、そこで待っていたのはサキュドの神経を更に逆撫でする光景だった。

 そこにあったのは、行き止まりの浅い坑道を利用した杜撰な牢に詰め込まれた人間達が、ただ身を寄せ合って横たわっているだけの世界だった。彼等の目には既に抵抗する意思すらなく、度重なる拷問行為によって傷付いた体を休めるためだけに呼吸する。ここにはそんな、淀んだ空気のみが漂っていた。


「はい。こちらサキュド。現在、拷問施設の最深部で潜伏中。人間の子供を一人、保護しています」


 傍らで眠る男の子に目を落としながら、サキュドは立ち上がって頭の中の声に応答した。しかし、薄くため息でも吐いたような音が聞こえた気がしただけで、テミスの返答が返ってくる事は無かった。


「……テミス様?」

「…………何故施設の最深部に潜伏しているかは、戻ってから聞くとしよう。人間の子供を保護とはどういうことだ?」


 サキュドの心に、自らの望んだ幻聴が聞えたのではないかという予感がよぎった頃。明らかに激情を抑えたテミスの声が脳内に響く。


「はい。ですが先に報告を。テミス様が戦われた魔獣は、この施設が放ったものです」

「……それはこちらでもアタリは付けていたが……何故私が戦ったことを知っている?」

「はい……」


 溝泥のように淀んだ不快な空気がそうさせるのか、サキュドは一日ぶりに聞いた上官の声にどこか清涼感すら感じながら、マグヌスのような口調で手に入れた情報を伝えていく。


「……なるほど。結論から言おう」


 報告を聞き終えたテミスの声が緊張感を帯びたものに変わり、サキュドの背筋が無意識に伸びる。


「救出には数日かかる。その上で聞くが、ユー……保護した人間を守りながら、潜伏を続ける事は可能か?」


 無茶苦茶を言う。と内心でサキュドはため息を吐いた。今は魔法で強制的に眠らせているものの、数日間持たせるのならば意識を戻す必要がある。更には、そんな足手まといが居る状況で逃げ続けろなど、無理難題にも程があると言うものだ。


「厳しい……でしょう。私だけならば持ちますが、保護対象が衰弱するかと」


 サキュドは頭の中で幾つかの方策を練ってから、不可能であるという結論を導き出した。この子供を生かすためには、意識を戻す必要がある。しかし、意識を戻せば隠れ続けられない。あちらを立たせばこちらが立たず、二者択一なのだ。


「フム……つまり、保護対象を何とかすればいいのだな?」

「えっ?」


 しかし、サキュドの頭に響いてきたのは、予想外の言葉だった。どうせ無茶を命じられるか、見捨てられるかの二択だろうと思っていたのだけど……。


「確認する。現在地は最奥に存在する監獄区画だな? そこには多くの人間が獄に繋がれている」

「はい。付け加えるのであれば、大した見張りも無いですし、力尽きたまま放置されている死体の悪臭が酷いです」

「なるほど……問題はない訳だ。しばらく潜伏して待機しろ。また連絡する」


 頭の中のテミスの声が、サキュドの抗議の声を冷酷に切り捨てて、頭の中に静寂が訪れる。確かに、考えなしにこんな場所に飛び込んだのも自分だから仕方ないかもしれないが、無事ファントに戻った暁には宿に通い詰めてやろう。

 移動の為に眠らせた男の子を再び担ぎながら、サキュドはささやかな復讐を胸に誓ったのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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