474話 抱いた決意
野島の襲撃直後、白翼騎士団の騎士達とサキュド、そしてミコトによる車内の一斉調査が行われた。
その結果。野島のほかに潜んでいる敵は居らず、彼の襲撃は独断専行であったと断ぜられた。
そして、疾駆する列車は遂に目的地の終着駅である、テロスベン駅へと流れるように滑り込んだ。
「っ……! くぅ~……!! 肩が凝ったわ。流石に体がガチガチね……」
「フッ……。我ながら、クッションの一つもないあんな硬い座席でよくぞ眠れたものだ」
騎士達が降車するのを待ちながら、先に列車を降りたテミス達は簡素なホームの端で体を休めていた。
「くふっ。そりゃそうですよテミス様。これだけ上等な『枕』なのですから」
「きゃっ……!! ちょっとサキュド! 貴女ねぇ……!!」
「っ……」
そんな風に言葉を交わしながら、大きく伸びをしたフリーディアの胸を、素早く後ろに回り込んだサキュドが鷲掴んで揉み上げる。
その様子を、顔を赤らめながら背けたミコトが、掌で隠した目線だけでチラチラと窺っていた。
「フゥ……」
フリーディアが部下達と戯れる傍らで、テミスは小さくため息を吐いて、秘かに腹の傷を検める。
負傷してから数時間。フリーディアによる応急手当によって血こそ止まったものの、未だに本調子とは程遠い。先程から、あの忌々しいほどにくすぐったい治療魔術も施してはいるが、体を貫く程度には傷が深いせいもあって治療の進捗は芳しくなかった。
「…………」
あれから手当てを受けた後も、フリーディアは未だ一言も私に問いかけては来なかった。
野島との会話を聞き、魔銃を見て、聞きたい事は山ほどあろうに、ただひたすらに私の体調を慮るばかりで、それらの事柄には触れようともしない。
――気を……遣わせているんだろうな。
さすがの私でも、その程度の察しは付く。
彼女たちにはおよそ理解し得ぬ会話の数々に、同じ形をした奇妙な得物。あのフリーディアが問い詰めない理由が無い。
だが、奇しくも今は、私とフリーディアは旗を同じくしている。故に、フリーディアは己が信念に基づいて、己が好奇心と猜疑心を圧し殺しているのだろう。
「……テミス」
「どうした? フリーディア。奥歯にモノが挟まったような顔をして……」
テミスがそう思案している間に、サキュド達の輪から抜け出してきたフリーディアが、こちらへ近付いてきて声をかけてくる。
「今から、予定通り馬を借りてこようと思うの」
「そうか」
「それで……その……」
「…………」
切り出したその言葉にテミスが短く返すと、フリーディアは言葉を濁して視線を彷徨わせ、気まずそうにテミスの表情を伺い見る。
しかし、テミスは涼しい顔で沈黙を貫き、全ての判断をフリーディアへ任せていた。
「ハァ……安心したわ。ある意味」
「なに……?」
しかし、次に発せられたフリーディアの言葉は、テミスの予想を裏切るものだった。
てっきり、謝罪を重ねながら問いを投げかけてくるものだとばかり思っていたのだが、呆れたようにため息を吐かれるなど身に覚えがないにも程がある。
「さっきみたいに腑抜けていたら活でも入れてあげようかと思ったけれど、その様子なら必要なさそうね」
だが、フリーディアはそんなテミスの心情を知ってか知らずか、軽く肩を叩くと数歩歩いて距離を取る。そして、ピタリとその位置で立ち止まると、肩越しにテミスを振り返って口を開く。
「貴女が話したいと思うまで、私は何も聞かないわ。だから、貴女は貴女のままで居てよね。じゃないと、張り合いが無いわ」
そう言い残すと、フリーディアは今度こそ足を止めずに駅舎の外へと立ち去って行った。
「やれやれ……どいつもこいつも……」
残されたテミスは、ため息と共に苦笑いを零して、不安気な表情でじっとこちらを見つめているサキュド達の方を向き直る。
そして、ゆっくりとした歩調で歩み寄り、笑みを浮かべて口を開く。
「心配するな。何も問題は無い」
「テミス様……」
だが、その視線の先は、テミス達がこの駅に着いた時からずっと、駅舎の端に佇んでいる一人の男へと向けられていた。
「少し……風に当たってくる。お前達は騎士団連中に付いていてやってくれ」
テミスはそう言葉を付け加えると、そのまま足を止めずに二人の脇を通り抜けて歩み続ける。その足の向かう先では、ちょうど、不敵な笑みをその顔に湛えて佇んでいた男……アーサーがテミス達へ背を向け、駅舎の外へと消えて行ったところだった。




