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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第10章

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473話 救われた者

 ズドォン!! と。

 列車全体を震わせるほどの轟音が鳴り響くと、後に残ったのは水を打ったような静けさだけだった。

 とりわけ、野島を拘束していたせいで、最も近くでそれ(・・)を目撃したミュルクなど、柄にもなく顔面を蒼白にして、今にも吐きそうな顔をしている。


「っ……」


 テミスは、そんな一同を無視してフラリと立ち上がると、首から上を失った野島の死体をチラリと一瞥して小さく鼻を鳴らす。

 せいぜい、地獄で誇ると良い。私が味方にさえひた隠しにしてきた切り札(イチイバル)の存在を、こんな衆人観衆の中で暴き出したのだから。

 それほどにまで、お前は下種で下劣で、ここで始末しておかなければならない害悪だったよ。


「フゥ……」


 車両の中に居る全員の視線を集めながら、テミスは先程廃棄した空の薬莢と弾丸を回収すると、再び魔銃へ込めて懐に収める。

 野島は、この世界でも紛れもない悪だった。

 あの自称女神の手先であろうがなかろうが、いつかはぶつかる運命だったのだろう。

 だが……。


「ッ……テミス……」

「ん……? 何だ、フリーディア。見ての通りだ。全て(・・)……終わったぞ(・・・・・)

「そうじゃ……なくて……ッ……」


 血濡れた手で座席の背に縋りながら立つテミスから、フリーディアは思わず目を背けて俯いた。

 何故……そんなにも晴れ晴れとした顔をしているのだろう。まるで、心の中の何もかもが、スッキリと消えて無くなってしまったとでもいうかのように。こうして一部始終を見ていなければ、今自分の目の前に立つ銀髪の少女が、あのテミスであると言われても、到底信じる事などできないだろう。

 それほどにまで、今までのテミスの内に在った何か(・・)が、目の前の少女からは抜け落ちてしまっていた。


「……!! そうよ! 手当っ! 傷を見せてッ!」

「……。あぁ、頼む」

「っ……」


 視線を下げたお陰で、フリーディアの視界にテミスの押さえる腹から溢れる血が映り我に返る。直後、フリーディアは思わず声を荒げてテミスへと詰め寄るが、それでも尚テミスは素直に頷いて応じるだけだった。


「……。何なのよ……」


 ひとまず、手近な座席へとテミスを座らせ、応急手当てを施しながらフリーディアは歯噛みした。

 いつものテミスなら、傲岸不遜に皮肉の一つでも返して、絶対に私に手当てなんかさせないくせに……。

 そんな拘泥した思いがそうさせたのか、手当ての手を止めないまま、フリーディアは視線だけをあげてテミスの顔を盗み見る。

 すると。


「…………」


 当のテミスは為すがままに裾をたくし上げたまま、どこか気の抜けた表情で、その視線をぼぅっと窓の外へと彷徨わせていた。


 ――何故。こんなにも静かな気持ちなのだろう。


 朝日に輝く景色を眺めながら、テミスは自らの心の内で自問していた。

 今まで私は、何人もの悪人を屠ってきたが、その時はこんな気分にはならなかった。

 もっと血は沸き立ち、肉が躍り出すほどに気力が漲って、高揚した精神がまるで悪人の討伐を祝福するファンファーレのように思えるくらいだったのに。

 今はただ、ひたすらに心が安らいでいて、そんな心をゆったりと満たしていくように、じんわりとした喜びが溢れていた。


「ありがとう……ね……」


 ぼそり。と。

 テミスは誰にも聞こえない程に小さな声でひとりごちると、口の中で言葉を反芻しながら考え続けた。

 この世界で再び野島とまみえる事で、私の中に残っていた疑念という名の僅かばかりの後悔は霧散した。

 例え殺したとしても、野島はひたすらに世界を憎み続けた。それ故に、己が力を振りかざして欲望の限りを満たし、多くの人々から幸せを奪い取っていた。

 私はただ、いつも通りに悪人を断罪しただけだというのに……。


「あぁ……そうか……」

「テミス……?」


 瞬間。説明できない己の感情に気が付いたテミスは、万感の思いと得心を込めて呟いた。

 それに気が付いたフリーディアが声をあげるが、思考に耽るテミスの耳には入らない。

 この感情こそが、『救われた』者の感情なのだ。

 安心と喜びが綯い交ぜになった安らかな気持ち。私は野島を殺す事で己が正道を証明し、成田正義()の心を救ったのだ。

 それは即ち、この胸に溢れる感情は、人々がフリーディアへ向けていた感情と同じと云う事で……。


「フリーディア……お前が慕われる理由を、ようやく理解できた気がするよ」

「……?」


 テミスはいつもの調子で唇を歪めて見せると、何故か不安気にこちらを見つめていたフリーディアにそう告げてやる。

 敵をも救うというその信条が愚かであるという意見は変わらない。私には決して取り得ぬ道だし、その胸やけするほどの甘さには呆れて物も言えない。

 けれど……もしも仮に、己の敵すらも救い出し、全ての人々をこんな満たされた気持ちにさせる事が出来るのなら、その夢は本当に素晴らしいものだ……と。

 懸命に自らの手当てを続けるフリーディアを眺めながら、テミスはひっそりと胸の内で呟いたのだった。

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