465話 獣ではなく人として
「絶対に捕らえろッ!! 奴等を捕らえれば、私達も選民になれるッ!!」
「行かせるなッ!! 我々が褒章を賜わるのだ!!」
「囲め!! 周りを囲んで一斉にかかれッ!!」
数十分後。
選民街から脱出を果たしたテミス達は、町の中で激闘を繰り広げていた。
「殺しても構わないッ! 首を持ち帰――ッ!?」
そう叫びながら、勇ましく飛び出した女の双剣に、テミスの振るう黒剣がけたたましい音を響かせて打ち合わされる。
しかし、女の武器は双剣。打ち合わされた右の剣は留め置かれても、既に振り上げられた左の剣がテミスの頭を真っ二つに断たんと狙い澄ましていた。
「やれやれ……合図には丁度良いんだが……」
そんな、持ち上げられたギロチンの刃のように鈍く光る刃を眺めて尚、テミスは軽い嘆息と共に嘯いてみせた。
「くふっ……終わ……りよッ!!」
「あぁ……そうだな……」
勝利を確信し、ニンマリと笑みの形に口を歪めた女の言葉に、テミスは事も無げに同意する。
同時に、振り上げられた剣がテミスのすまし顔に向けて一直線に振り下ろされるが……。
「……双竜牙」
「――っ!!?」
ガィィンッッ!!
と。突如として閃いた固い何かが、振り下ろされた剣を防いで弾いた。
その瞬間。仕留めそこなった事を悟った女は、後ろへ退いてテミスから距離を取る。
「っ……やるわね……」
「…………」
じとりと湿った掌で剣を握り締めながら、女は口元に不敵な笑みを浮かべて呟いた。
まさか。あの体勢から返されるとは……。だが、もうタネは掴んだ。奴の本当の武器は双剣。私と同じ、二刀の使い手だ。ならば、それを利用して……次の一撃で決める……!!
そう心に決め、女が左脚に力を込めた刹那。
「ぇ――?」
ぐらり……と。
視界が不自然に大きく傾ぎ、その頬が固い地面に打ち付けられた。
「斬られた事にすら気付かんか……」
混乱に突き落とされた女の視界には、まるで道端に落ちる無価値な塵でも見下ろすかのような冷たい目で、彼女を見下ろすテミスの姿があった。
その肩には、無造作に担がれた黒い剣が一本。
弱々しい月の光を受けて輝いている。
「な――ぁっ……」
「言ったはずだ。双竜牙。二閃一対のこの技を、二刀と誤った時点で底が知れる」
「ヒッ――」
淡々とそう告げながら、テミスは高らかに足音を響かせて、腹を裂かれて地に伏す女へ近づくと、一刀の元にその首を切り落とした。
結果。溢れ出る大量の血液が汚れ切った白い街を赤く染め、新たな景観を作り出す。
「此方は終わったぞ。……そっちは?」
「っ……!! もう! 終わるッ!!」
「ガッ……」
テミスが気怠そうに空を見上げた後、肩越しに背後を見遣って声をかける。
すると同時に、苛立つように声をあげたフリーディアが、手に持った剣の柄頭を、眼前の男の鳩尾へと叩き込んだ。
「フン……」
それを見て、テミスは不機嫌に鼻を鳴らすと、剣を収めてフリーディアの横へと立ち並んだ。
その目の前ではまだ、鳴り響く銃声と共に輝く青白い光と、夜の闇を切り裂く赤い光が、立ち上がる怒声と悲鳴の狭間を乱舞していた。
「何故。殺さない?」
「殺す必要が無いからよ。貴女こそ、なぜ殺したの?」
「生かす意味が無いからだ。まぁ、後処理はこちらでしておこう」
そんな光景を眺めながら、フリーディアとテミスはのんびりと言葉を交わす。
この襲撃で既に三度目の遭遇戦。そろそろ動きがあっても良い筈なのだが……。
目の前に広がる戦いを前に、テミスは一人作戦に思いを馳せる。
そもそも、テミス達四人だけが脱出する為ならば、こんな無駄な戦いなど必要ないのだ。
だが、テミス達はこの町のどこかに潜む白翼騎士団の連中と合流する必要がある。
だからこそ、無駄に市街を駆けずり回り、必要以上に派手な立ち回りで戦いを演じているのだが……。
「てっきり……あの人を生かした時点で、そういう方針だと思っていたのだけれど……」
「ハッ……。お前は何も聞いていなかったのか? あくまでユウは別口……あれはオズに対する報酬みたいなものだ。それに、お前も聞いただろう? こいつらは、私達の命と引き換えに成り上がろうとする連中だ」
「あなたに逆らったから……殺した?」
この会話さえ、テミスとフリーディアにとってはただの退屈凌ぎだった。
露払いを買って出たサキュドとミコトの意思を汲んで、ある程度は静観しているものの、ただ黙って眺めているだけでは、いささか手持無沙汰なのだ。
「なぁ。フリーディア。お前は否定するかもしれんが、私は人としての道を違えたつもりは無いよ」
「っ……!」
だからこそ、テミスが事も無げに零した、絶対に普段ならば告げないであろう内容の言葉も、退屈がもたらした恩恵なのだろう。
「恩には義を。罪には誅を。忠には信を。白刃の狭間に、修羅として生きる我々だからこそ、違えられない決まりがある」
「それが……貴女の信念?」
「あぁ。敵すらも愛するお前には理解すら出来んだろうが……。これがあるからこそ、私は獣ではなく人として悪逆を切り伏せる事ができる」
徐々に剣戟と悲鳴の声が収まっていく傍らで、テミスは何の感慨も無く言葉を紡いでいた。
それはいつもならば、話すだけ時間の無駄だと、掃いて捨てていた言葉。他に優先して語ることがある故に、胸の内へと屠り去られていたテミスの本音だった。
「ハァ……私も見くびられたものね。貴女が獣なら、とうの昔に私が切り伏せているわ」
「っ……!! だが――」
「――貴女には貴女の正義がある。私にはそれは到底認めがたいものだけれど、その存在そのものを否定した覚えは無いわ」
目を見開いたテミスの言葉を遮って、苦笑を浮かべたフリーディアが毅然とした口調で言い放つ。
それはフリーディアにとっては当然の事だったが、テミスにとっては、ただの夢見がちな小娘というフリーディアの評価を、悉く打ち砕き、書き換える言葉であったのは間違いなかった。
「はぁ……やっと終わりましたわ……。こんな連中、いくら狩った所で自慢にもなりませんわね」
「……ハァ。思わず同調しそうになった自分が嫌です」
いつの間にか、テミスとフリーディアが語らっている間に剣戟の音は止み、ゆっくりとした足取りで嘯きながら、血濡れた首輪を手にサキュドが姿を現した。
その傍らでは、何故かがっくりと肩を下したミコトが、サキュドと同じく血濡れた首輪を手に、深いため息を吐いていた。
「お待たせいたしました。私が十八……いえ。十九――」
「――僕が十二」
「襲撃者の迎撃。完了です」
そして、テミスとフリーディアの前までやってくると、手にした首輪を投げ棄てながら口を揃えて報告をあげる。
その最中に、サキュドがフリーディアの倒した男に止めを刺して、ちゃっかりと自らの戦績に計上していたのは、彼女なりの冗談という事にしておこう。
「……ご苦労。さて。どうやら丁度、お迎えも来たらしい」
「っ……。はぁ……本当にもう、あなた達は……」
遠くから走り寄る、ガチャガチャと鳴る鎧の音に、不敵な笑みと共に目を向けたテミスの傍らで、フリーディアは呆れたように首を振ると、大きなため息を吐いたのだった。




