462話 流転する心
しゅたり。と。
驚く程にしなやかに、軽い音を立てて、その少女は姿を現した。
人気の無い大きな通りの中心。
つい先ほどまで確実に無人だった、白磁のような街中に、まるで突如として湧き出たかの如く着地する。
そして、その少女がたなびかせる眩い銀髪が舞い降りると同時に、彼女の後ろに三つの人影が降り立った。
「っ――! リヴィアじゃないか。驚いたよ。もしかして、君も駆り出されたのかい?」
「…………」
そんなテミスに、ユウは朗らかに声をかける。しかし、当のテミスは口を真一文字に結んだまま黙して応えず、気味の悪い沈黙が場を支配した。
「……? どうしたんだい? ともかく、応援にきてくれるのはありがたいけれど、ここはもうオズと私が居れば十分――」
「…………」
場を繋ぐように続けられたユウの言葉を遮るように、テミスが腰の剣を抜く音が鳴り響く。
同時に、テミスの後ろに並ぶ三人が、己が武器に手をかけて身構えていた。
「……そう。そう言う事」
ボソリ。と。
俯いて呟かれたユウの言葉は何処までも平坦だったが、ぶるぶると震える握り締められた拳が、彼女の心情を表していた。
「自己紹介をやり直そうか……。私の名はテミス。魔王軍第十三軍団が軍団長にして、ヤマトを打ち砕く者だ」
皮肉気な笑みを浮かべながら、テミスはユウを挑発するように言葉を続ける。
「何やら甲斐甲斐しく動いていたようだが……それは全て、謹んで辞退しよう。しかし、礼は言わせて貰う。お陰で動きやすかった」
「っ~~~!!!」
テミスが言葉を紡ぐたびに、俯いたユウの口元から伝う赤い筋がみるみるうちに太さを増していった。その様は、ぎしぎしと歯の軋む音が、数歩離れたテミス達の位置まで聞こえてくるようだった。
「……さない」
「邪魔だ。退け。後にも先にも、私がお前に求めるのはそれだけだ」
「許さないッッ!!」
続けて言葉を紡ぐテミスに、ユウの怒りの叫びが遂に放たれる。
しかし、その叫びは憎しみを吠え猛るだけには留まらず、その身からはチリチリと確かな熱が放たれ始めていた。
「オズ!! こいつらだけは許さない。私も手を貸すよ!」
「……クスッ」
「……? オズ?」
けれど、ユウが傍らの親友へと告げた途端。
オズは艶やかな笑みをその顔に湛えて前へと進み出た。
そしてそのまま、テミス達とユウとの中ほどまで歩を進めると、クルリと体を反転させてユウへ向き合って口を開く。
「ごめんね? ユウ……。あなた達との約束通り、彼女は引き受けるわ」
「っ……!!!?」
「フン……」
それを見たテミスは、小さく鼻を鳴らして剣を担ぐと驚愕に目を見開いて凍り付いている、ユウを見据えて頬を歪めた。
この裏切りはきっと、彼女にとって身を斬られるように堪えるだろう。その在り方が変わる程の古傷を抉れば、少なくないダメージを与えられるはずだ。
……と。テミスもつい先ほどまで、思っていたのだが。
「――るさない。なんで? どうして? 静かに暮らしたいだけなのに。笑っていたいだけなのに。それすらも駄目なの? ならどうすればいいの? なら私は、何の為にここへ来たの?」
「っ……!!」
怒りに顔を歪めたユウが、ブツブツと呟く怨嗟と呪いの言葉が、はっきりとテミスの耳まで届いてきた。
それは勿論。テミスより彼女の近くに立つオズの耳にも届いている筈で……。
「フフ……ウフフフフ……」
だというのに、オズは加速度的に強くなっていく熱波をその身で受け止めながら、幸喜の笑みを浮かべて笑い続けている。
その、どうしようもなく壊れた笑顔を見て、テミスは改めてオズの目的を理解した。
「ハァ……やれやれ。面倒な……」
カツン。と。
テミスは頭を掻きながらそう嘯くと、音高く石畳に足を叩き付けて前に出る。
オズの目的は恐らく、ユウと共に心中する事だろう。だからこそ、共に連れ添ってきた親友と相対するなどという、先を考えない行動に出ているのだ。
何がそこまで彼女を駆り立てるのかは知らんが、そう言う事ならば話が別だ。
「お前も退け。邪魔だ」
「――っ!? 何を……」
「良いからそこで黙って見ていろ。小賢しい奴め」
そう言いながら、テミスはオズを押し退けてユウの前に立つと、ひと際強くなった熱波を前に立ちはだかる。
そして、まるでユウの放つ熱気でぐしゃぐしゃに溶けてしまったかのように、ひしゃげた蝋燭のような狂笑を浮かべて言葉を続けた。
「私が憎いだ? 都合の良いお前の妄想に巻き込むな。それに……気付いて居ないようだから言ってやるよ」
そこで一度言葉を止め、テミスは剣を持ち上げると、ユウの眼前に突き付けて宣言した。
「お前にはもう、己が境遇を嘆く権利も、己が運命を呪う理由も無い。安心しろ。何故なら……お前は既に奪う側だ」
「っ――!!! れっ……がッ!!! ならッッ!! キミが私に返してくれよッッ!!!!」
喉が張り裂けんばかりの絶叫と共に、ユウは突如その両手に眩く輝く光弾を作り出すと、眼前で不敵に微笑むテミスへ向けて叩き込んだのだった。




