460話 嘘吐きの魔法使い
その願望は破綻している。
それは、願望を希うオズ自身が、誰よりも理解している事だった。
誰よりも大切に想っている彼女が、もう戻らない事を理解している。あの町を焼き尽くすと同時に、清廉潔白で誰かの為に己が力を振るうユウは死んだのだ。
ならばせめて……最期にもう一度だけ。
あの輝かしい日々の中であったように相対し、激情をぶつけられたい。
そしてその後は、この手で終わらせよう。
「フフ……やっと……」
オズは夜の町を飛行しながら、歓喜にぶるりと身を震わせた。
もともと、感情の起伏には乏しい方だと自負しているが、今夜ばかりはその昂ぶりを抑える事ができかった。
やっと見つけた代用品。彼女たちは姿形や性格は違えど、その在り方はまるで、かつての私と、かつてのあの子をそっくり写したように同じだ。
「いや……貴女は少し違うかしら……?」
厳重な警備の敷かれた門へと向かいながら、オズは一瞬だけ視線を宙に舞わせて呟いた。
その心の行く先は、銀の髪を持つもう一人の自分。
よくよく考えてみれば、私は彼女みたいに行動的ではない。私は、何もしなかったが故に、全てを失ったのだから。
「けれど……結果は同じ。そんなのはつまらないわ」
先程この目で確かめた。
確かに彼女たちは強い。彼女の従者だというあのサキュドという名の少女でさえも、一対一での戦いであれば、彼女に勝てる人間は数える程だろう。
そんなサキュドを従える彼女と、彼女と肩を並べる金髪の少女が、比類なき強さを秘めているのは、一目瞭然だった。
「けれど。足りない」
眼下を叫び声をあげながら疾駆する兵士たちを眺めながら、オズは不満気に言葉を漏らす。
皮肉にも、この町は数こそ少ないものの、それを構成する要素は、その住民一人一人に至るまで質が異なる。
今、怒鳴り声をあげて地面を走っている彼……。一般的な兵站の立場で言うのなら、雑兵に当たる彼でさえ、この町の外に出れば一騎当千の猛者なのだ。
例え、彼女達が天下無双の強さを誇る程の強さを持っていたとしても、同等の強さを持つ将を擁するこの町が、雑兵の分だけ勝る。
「……さようなら?」
ガシャリ。と。
眼下を駆ける雑兵が路地に駆け込んだ瞬間。オズが呟くと同時に派手な金属音が鳴り響き、喧噪が僅かに遠のいた。
「厭な空……」
オズは手を下した兵士の事など歯牙にもかけず、緩んだ目で雲の煙り始めた月を見上げてひとりごちる。
またこの空を、あの炎が焦がすのだろうか。
厭友が親友に変わったあの日のように。彼女の命を薪と焚べて……。
――だから言ったのに。
彼女自身が焼き滅ぼした街からユウを助け出し、オズが最初にかけた言葉がそれだった。
他人の為に力を使うなんて馬鹿らしい。都合よく利用されるのはつまらない。
この世界へと流れついて、私が一番先に決めたことがこれだった。
いくら『個』が力を持ったところで、強大な衆愚には抗えない。
それこそ、同じ人間を虫けらのように殺し尽くし、己が恐怖を衆愚に叩き込むような、強靭な心が無ければ。
だからこそ、私は怠惰を貪った。
『力』の存在だけはひけらかし、その実……殆ど何もしない。
衣食住からして恵まれた生活を享受しながら、いつか来る宿主が枯れ果てるその日まで、ひたすら秘かに己を磨く事こそがこの世界の正しい生き方だ。
少なくとも、ユウと出会うあの日までは。そんな寄生虫のような在り方が、本気で正しいと信じていた。
――けれど。
「私に力を貸して欲しい。その『力』は、今日この日の為に在るものだよ」
ある日突然。ねぐらに押しかけて来た彼女は、渋る私を強引に連れ出した。
与えられた任務は、首都の近くに巣食うオークの巣の討滅。明らかに、兵の損耗を嫌っただけの雑用だった。
それでも尚、構わないと。
自分が出向く事で、傷付く人が一人でも減るのなら……。そう嘯く彼女が、ひたすらに眩しかった。
思えばあの時。僅かに感じた違和感を逃さなければ、こうはならなかったのかもしれない。
魔力とは違う何かが薄れたような感覚。
気付いたのは、何度も何度も彼女に引きずり回される日が続いた後。日に日に体調を崩していくユウに、異常を感じた怠惰な私は、やっと重い腰をあげた。
それが、彼女の魂だと判明した時には、すでに手遅れだった。
国は無私の奉仕を続ける彼女に慣れ、それが当たり前だと依存していた。
だから……罪人は私。
彼女の愛した国が、彼女に牙を剥くと知って囁いた。
彼女を貪る汚い国が、私の愛した彼女に滅ぼされると知って嘯いた。
全てを壊したのは私で、全てを壊すのも私。
だから、あの日から私は嘘吐きの魔法使い。
自分にも嘘を吐き続けて、過去の残滓に縋る哀れな魔法使い。
「ウフフ……切なる願い。これも嘘……。さぁ、そろそろ終わらせようかしら」
歌うようにそう嘯くと、オズは幾人もの兵士で固められた門へと向かったのだった。




