459話 アイノカタチ
「探せ~ッッ!! まだ近くに居るはずだ!」
「A・B・C隊は町を! 残りは王宮とその近辺をくまなく探せ!!」
数分後。
ヤマトの選民街は、各所から次々と集まってくる者達の怒号で埋め尽くされていた。
その誰もが、まるで白翼騎士団の連中のような甲冑姿に身を包んでおり、その背には大仰なマントがはためいている。
「探知系の能力保持者はまだか!? ――寝てる? 馬鹿野郎ッ!! さっさと叩き起こせ!!」
「フン……ウジャウジャとまぁ……」
そんな、蜂の巣をつついたような大騒ぎを、冷たい眼差しで見下ろす影があった。
彼等の遥か頭上。美しい石造りの建物の屋根の上。夜風に身を吹き晒しながら、テミス達一行は眼下の光景を静かに眺めていた。
「テミス様……連中の行動が予想以上に迅速です。このままでは……」
「いや。もう手遅れだろう。これだけの統率力ならばまず、出入り口を潰すはずだ」
臍を噛むサキュドの言葉に、テミスはただ淡々と自らの予測を告げた。
確かに、ヤマトの連中の動きは速い。だが、フリーディアの首輪を斬った時点で、遅かれ早かれ、町を出る前にこうなる事はわかっていた。
「随分とのんびり構えているみたいだけれど……どうするつもりなの?」
「フム……いやな。来るならば、そろそろだと踏んでいたのだが……」
「……?」
テミスが何かを探るように周囲を見渡しながら、そう呟いた時だった。
「あら……? バレちゃった?」
「――っ!!」
「っ!?」
「クッ……!!」
虚空からクスクスと楽し気な声が響くと共に、一人の女がテミス達の前へと姿を現した。
刹那。テミス以外の三者は三様に剣を抜き、槍を構えて戦闘態勢を取る。だが、最も間近に居るテミスだけは、距離を取る事すらせず不敵に微笑んでいるだけだった。
「やっぱり……貴女は面白いわ?」
「フン……悪趣味だな。我々と連中をぶつかり合わせて傍観者気取りか?」
「いいえ? 前にも言ったでしょう? 私はあなた達の敵では無いわ」
「ハッ……自称嘘吐きがよくもまあそんな事を言えたものだ」
硬さや緊張感こそは無い物の、二人はまるで世間話でもするかのように舌戦を繰り広げる。
しかもその内容が今にも戦いの火蓋を斬りそうな程に、不穏な内容なのだから、周囲で成り行きを見守っている3人は気が気ではなかった。
「あら……心外だわ? 昨日、王宮で助けてあげたのを忘れたの?」
「詭弁だな。そもそも、お前がわざとあの状況を作り出したのではない保証にはならん」
「ちょ――ちょっと待って!」
のらりくらりと立ち回るオズに対し、真っ向から切り伏せるようにその一切を拒絶するテミス。
一向に決着のつかないその舌戦を見かねたのか、横合いからフリーディアが口を挟んだ。
「私は……信じてもいいと思うわ。貴女の言う事もわかるけれど、この人がこうして、誰も呼ばずにあなたと話しているのが、何より敵ではない証拠じゃないかしら?」
「ハァ……」
「フフ……本当に面白いわ。まるで光と闇……あなた達は正反対」
そんなフリーディアの言葉に、テミスは頭を抱えてため息を吐くが、オズはクスクスと意味深な笑みを深めて二人の周りを歩き始める。
「だからこそ、綺麗なのよ。どうせなら、背中合わせの方が楽しい……。そう、私達もそうだった」
「っ――!!」
飄々としていたオズの声色の中に、僅かに混ざった寂し気な気配を感じ取ったテミスは、ピクリと眉を動かして耳を傾ける。
「真っ直ぐなユウと捻くれ者の私。いつだってあの子は、人々を護るんだ……皆の為にって喧しくて……私にはそれが理解できなかった」
「あなたは――」
「――でもね。失くしたら失くしたでつまらないの。ユウはもう私に噛みついてこない。私に依存して、過去に囚われて……関係無い人と遊んでばかり」
オズはフリーディアが上げかけた声を無視して言葉を続けながら、ゆらゆらとした動きで二人の周りを歩き続ける。そして、テミスとフリーディアを見つめ続ける潤んだ瞳は、どこか懐かし気な色を帯びていた。
「……作り話にしては出来が良いな。だが――っ!」
ズイ……と。
いつもの調子で皮肉を口にしたテミスに、オズは微笑を湛えたまま、互いの息がかかる程近くまで顔を近付けて口を開く。
「本当に……捻くれ者ね? でも、それがいいわ」
囁くようにそれだけ告げて、オズは身を引いてクスクスと笑い続ける。
「そんな嘘吐きな貴女が裏切るから意味があるの。変わったあの子を見ていてもなかなか面白かったけど……もう飽きちゃった」
「――っ!!!」
言葉と共に、オズがペロリと舌なめずりをした瞬間、テミス達の背を恐ろしさとは違う、ぞわりとした何かが走り回った。
友情か。はたまた愛情か……それとも親愛か。元の形すら留めぬ程に歪んだ目の前のそれに、三人は言葉もなくただ立ち尽くす。
「フフフ……そう言う事だから。あなた達は安心して来た門から帰ると良いわ? もともと警備は手薄……もう少し減らしておくから……ね」
ただそれだけを一方的に告げると、オズは突然、屋根の上から飛び降りるように宙空に身を躍らせた。
そして、重力に従って落下していくその身体が、テミス達の視界から外れた瞬間。
楽し気に響いていた笑い声が、何の音も無く虚空へと消え去ったのだった。




