42話 心無き獣
マグヌス達が案内された先で待ち構えていたのは、数々の修羅場を潜った彼等の目を以てしてもなお、異質な光景だった。等分に分割された球体の殻を背負った蜘蛛のような魔獣が一体、煌々と明かりに照らし出されて鎮座していたのだった。
「っ……これは……?」
マグヌスは、その生物とも機械ともつかない異様な気配に圧され、数歩後ずさりながら男へ尋ねた。
「こちらは捕獲用造魔獣と言いまして……我らが第二軍団肝入りの研究成果でございます」
「……機械と魔獣を組み合わせている……のか?」
改造魔獣計画ならば、以前にバルド様から聞いたことがある。だが、あれはあくまでも魔獣を強化する趣旨であったはず……。
「っ…………」
眺めれば眺める程、何故だかマグヌスは胸を開いて搔き毟りたくなるほどの嫌悪感がこみ上げて来る。どんなに調教された魔獣であっても、ここまで微動だにしないどころか、その意思すら感じない事はあり得ない。
「ええ。その通りでございます。彼奴等が扱う機械技術を参考に、我々の要する魔獣製作技術を応用したのでございます」
怖気を必死でこらえるかのように、拳を固く握りしめたマグヌスに、男は高らかに、そして誇らし気に笑いかけた。
「……ふぅん。でも何か……甲殻が凹んでるように見えるけど?」
魔獣の側をぐるりと周り、戻ってきたサキュドが半眼で話に入ってきた。
「えぇ。まさにそれこそが、困った事……なのでございます……おい」
「ハッ! 只今記憶領域を吸い出しておりますので、もう少しお待ちください」
鷹揚に頷いた男が、近くで作業していた白衣のドワーフを焚きつけると、作業を中断した男が直立して報告を上げた。
「待て待て。記憶を吸い出す……? これは魔獣……生物ではなかったのか?」
「フッフ~……そうであるとも言えますし、そうでないとも言えます。意思や自我を奪っております故、旧来の魔獣のように御する必要がありません」
「なっ……」
満足気に息を漏らしながら、驚いた顔のマグヌスを眺めて男は誇らし気にそう告げた。
「ですが、その一方で生体も用いています故、生体部品のメンテナンスも必要という点では、一手間かかってしまいますがね……。そういった具合で生物とも機械とも言えない訳で……って、いかがされましたかな?」
そのまま目を閉じて、べらべらと魔獣について語り出した男が、やっとマグヌス達の異変に気が付いた。二人はまるで、靴底にこびり付いた汚物でも見つけたような表情で男を眺めていたのだ。
「……まぁ、得てして新たな試みと言うものは、世俗には受け入れられぬわけで……」
ボソリ。と。あえて二人にも聞こえる音量で呟かれた台詞にサキュドが呆れた顔でため息を吐く。この男は、今の状況をわかっているのだろうか? 対面上は招待客という体を取っている私達に対してこの態度……やはりこんな施設の長を務めるだけあって、その辺りの価値観は消し飛んでいるらしい。
「記憶領域の吸い出し完了。映像。出ます」
「――っ!!」
「っ!?」
先ほどのドワーフが声を張り上げると同時に、蜘蛛の頭部辺りから突き出た機械が発光し、空中に映像を映し出す。そこには、二人にとっては凄まじく見覚えのある銀髪の人間が、黒い大剣を手に振りかぶっていた。
「まさか……この損傷を与えたのが人間だと言うのか!? 馬鹿な!」
「なっ!?」 「あっ!」
映像が進み、男の罵声に二人が息を呑む音がかき消される。映像の中ではちょうど、剣を弾かれた少女が肩口を貫かれたところだった。
「手傷は負わせたようですが……厄介な戦力が加わったようですな……」
「…………」
映像が終わり、室内を重たい空気が支配していた。サキュドは俯き、マグヌスは鱗が耳障りな音を立てる程に硬く拳を握り締めている。
「現在の戦力は……どうなっているのだ?」
長い沈黙の後、拳を緩めたマグヌスが問いかける。頭の中は怒りと驚きでどうにかなりそうだが、テミス様がこの場を見ておられたらきっと、任務の遂行を優先せよと命ずるはずだ。
「それが……ここの警備兵が後方部隊を含めて百五十程。あとはラヴィーク……この魔獣が五……いえ、これは修理が必要なので四体でしょうか」
「なるほど……配置は?」
「魔獣は全て出払っております……兵は増員して各入り口を固めております故、万全とは言い難いですが捕らえられなくはないかと……」
「……捕らえる? 守る事を考えるべきではないのか?」
マグヌスは、黙り込んだサキュドを視界の端にとらえながら、男から慎重に情報を引き出していく。どちらにしても、宿に戻り次第一度通信をするべきだろう。テミス様の具合も気にかかるし、何よりも援軍が来る前に合流するべきだ。
「ああ、あの町は助かる事に攻めて来ないのです。なにやら重厚な守りを敷いているようですが、現にこうして大した損耗も無く綻びを突いて攫えるお陰で大助かりなのです」
そう言って男が合図をすると、男の部下がぐったりと気絶して意識の無い男の子を運んでくる。
「いかがですかな? 獲れたてでございますので、生きも良いかと。ただまだ調教しておりませんので反抗的かとは思いますが?」
「結構だ。今はそんな事をしている場合では無かろう」
マグヌスは顔をしかめて一言で男の提案を切り捨てた。この期に及んで無辜の弱者を嬲るなど何処までも虫唾が走る。状況を理解していないのは我らにとっては助かるが……。やはりテミス様の言う通り、この施設は魔王軍の汚点なのだろう。
「事情が事情だ。魔王軍の同胞として、我らも拠点防衛に手を貸そう。なぁ、サキュ――」
そう言って先程から黙りこくっているサキュドを振り返ったマグヌスの言葉が空へと消えた。マグヌスが視線を向けた先。そこで佇んでいたはずのサキュドの姿は無く、残っていたのは音も無く横たわる男の部下だけだった。




