456話 幻想貫く一刺し
「さて……と……」
テミスはそう呟きながら息を吐くと、背後でこちらを指差してがなり散らしていたタケシを振り返って睨み付ける。
すると、タケシはビクリと身を振るわせた後、拳を握ってボクサーのような構えを見せた。
「…………」
「クッ……」
「あ~……ハァ……」
「っ……?」
微妙な沈黙が二人の間に流れ、各々の表情がその沈黙の温度差を示していた。
片やタケシは表情は硬く、その頬に脂汗を垂らしながら固い構えを取っている。
対するテミスは、どこか拍子抜けでもしたかのように気怠そうな顔をして、手に持った剣も肩に担いでいる。
「な……なんだよ……来るなら来いやッ!!」
「まぁ……その……なんだ。怨むなよ?」
「っ……!!!」
タケシが、まるで自らを鼓舞するかのように猛りをあげると、言葉と共にその眼前から呆れ顔をしたテミスの姿が掻き消える。
同時に、テミスはタケシの真後ろに姿を現すと、肩に担いだ剣を事も無げに振り下ろした。
しかし。
「舐ッ……めるなぁッ!!」
「――っ!!」
ギャリギャリギャリィッッ!! と。
あろう事か。即座に振り向いたタケシの腕が、テミスの振り下ろした黒剣を力強く受け止めて火花を散らす。
「ヘッ……最初は油断したけど、そう何度も同じ手が通用すると思うなよ?」
「フン……面白い」
そんなタケシに、テミスは凶悪に微笑むと、剣を切り払って数歩距離を取ってから剣を構えた。
いったい、何を腕に仕込んでいるのかは知らんが……奴も、腐っても転生者という訳か……。
今度は油断なく剣を構えながら、テミスは注意深くタケシの様子を観察する。
両断できなかったとはいえ、防具を着けている感触では無かった。もっと気持ちの悪い……まるで、きめの粗い砂利にでも切り付けたかのような、硬さと柔らかさが同居した感覚だった。
「へへっ……何で斬れなかったのか……気になるだろ?」
「気前がいいな。教えてくれるのか?」
「良いぜ。別に、教えたところで斬れねぇことに変わりはねぇ」
互いに次々と構えを変えながらタケシは、自らの軽口に応じたテミスへ向かって得意気に頬を歪めると、胸を張って口上を続ける。
「こいつは、超アラミド繊維製の特殊装備でな。俺専用の最強防具だ」
「ホゥ……最強防具ときたか……」
「おうよ!! そしてこいつがッ……!!!」
バババッ! と。
タケシはそこまで告げると、まるで踊るようにいくつか奇妙なポーズを取った後、自らの服を捲り上げて、その腰にはめられた物々しいベルトを露にした。
「見て驚け!! これぞまさしく、悪を討ち、正義を愛する俺に与えられたヒーローの力ッ!! 今こそ……俺の真の姿を見せてやる!! 変――」
「――アホか」
大仰な口上と共に、タケシは高笑いと共に次々とポーズを決めると、最後は胸を張って腰に手を当てた格好で動きを止める。
その腰では、何やらガシャガシャとベルトが動き出して、うっすらとした光がタケシの体を包み始めていた。しかし、ベルトから漏れ出す光が完全にその身体を包み込む前に、一気に踏み込んだテミスの剣がタケシの右胸を貫いた。
「ごっ……ぶ……。卑怯……だぞッ!!!」
「真の姿だか変身だか知らんが、現実で敵が強くなるのを待ってやる馬鹿が居る訳が無いだろう」
「この……常識知らずがァッ!!」
「フン……」
「う……ギァッ……」
ひらり。と。
怒りに任せたタケシが、無地からの胸板を刺し貫いたテミスを捕らえようと腕を振り上げる。だが、テミスは嘲笑と共に剣を引き抜き、その腕をヒラリと躱して後方へ数歩退いた。
「実に下らん。そんな力があるのなら、不信を感じてこの部屋に入る前に使っておくべきだったな」
「クソ……がァッ……!!」
吐き捨てるように告げたテミスを睨み付けると、タケシはボタボタと大量の血を室内に振りまきながら、辛うじて悪態を口にする。
同時に、その身体からは薄氷を割り砕くように澄んだ音と共に、微かな光が剥がれては中空へと散り消えていった。
「ハァ……とどのつまりがコレか。浮かばれんな……アイツも……」
テミスは微かな溜息と共に、震えながら状況を見守っているフリーディアへと目を向ける。
だが、容赦をするつもりは一切ない。これからの作戦での杞憂は払っておくべきだし、敵に情けをかけるなど以ての外だ。
だからこそ――。
「では、始めようか。これは、この世界ですら忌み嫌われた魔法でな……」
軽い金属音と共に、テミスは剣を鞘へと納めると、狂気を孕んだ笑みでつらつらと言葉を紡ぎながら、辛うじてその両足で立っているだけのタケシへ向けて手を翳した。
「何……を――ッ!!」
「水よ。荒れ狂え。ブラッディ・メイルシュトローム」
その緩やかな動きに、タケシが言葉を紡ぎ切る前に。
テミスの掌から放たれた激流の水球が、タケシの身体を包み込んだのだった。




