453話 白刃の向こう側より、友情を込めて
「……厳しい戦いになる」
翌日。
拠点へと戻ったテミスはじっくりと休息を取った後、サキュドと共にミコトの部屋へと押しかけていた。
朝食はオズが気を回してくれたらしく、サンドイッチをサキュドに部屋へと持ち帰らせてくれていた。
曰く。
疲れているだろうから……。らしいが、いったいどこの誰のお陰で、予定の数倍疲れたのかを語り聞かせてやりたいくらいだ。
「私がヘマをしたのか、それともオズが喋ったのか……後者にしてはやり方が回りくどすぎる……か……」
ビシリッ!! と。
テミスは手に持った粗鉄の剣が砕け散るのを確認すると、その柄を放り棄てて深いため息を吐く。
仮にオズが敵対者だったならば、アーサーと二人で私の目前に迫ったあのチャンスを逃すはずが無い。
可能性があるとするならば、オズもアーサーも戦闘能力が低い場合くらいだが、オズは兎も角として、中庭での言動から奴が戦えるのは明白だ。
なればこそ、昨夜は完全に『見逃された』という事になるのだが……。
「まさか……完全な対策をして行かれたのですよ!? よもや露見などするはずが……」
「こんな町を作った人の能力が索敵系……なんて事は無いでしょうし……。おそらくですが、何らかの能力を使った、厳重な警備を敷いているのでしょう」
「……同感だ。例外を知らなくも無いが……アレはひとまず置いておくとしよう」
テミスはサキュドから新たな剣を受け取ると、そう嘯きながらその刀身にピタリと手を当てる。
そして、体内で練り上げた魔力を錬成し、剣へ力を流し込んでいく。
頑丈さ上昇。鋭さ上昇。重量軽減。そして……。
重ねて光の魔法属性を流し込んだ瞬間。薄氷を割り砕くような音と共に、剣の刀身が砕け散った。
「フム……」
「えっと……。さっきから、何をやっているんですか? 一応ここ、僕の部屋なんですけれど……」
新たな鉄屑が部屋に散乱するのを眺めながら、ミコトが頬を引きつらせてテミスへと問いかける。
厳しい状況とはいえ、正体が露見した以上長居は無用。今夜には去る部屋だというのに、何を惜しむことがあるのだろうか。
「なに……戦力が多いに越した事は無いからな。奴の本来の剣を預かっている騎士団連中と合流するまで、繋ぎ程度の武器を用意する必要がある」
「はぁ……それで、付与術式ですか」
「あぁ。だがダメだな。元がこうも脆くては、術式に耐えられん」
テミスは再びため息を吐くと、手元に残った柄を無造作に放り棄て、床に散らばった鉄屑の山へと加えた。
あの時ギルティアから借り受けた細剣は、確か軽魔銀と言ったか……。こうして実際に作ろうとして初めて、あの剣の価値が理解できた気がする。
あそこまで軽く、強く、そして鋭い剣は、この世界の魔法技術を以てしても、そう簡単に作るのは不可能だ。ギルティアの奴が、魔剣などと胸を張るだけはある一品だった。
「ハァ……結局。こうなるのか……」
三度深いため息を吐いたテミスは、サキュドが買い集めてきた最後の剣を手に取って、再びその刀身に手を添えた。
しかし、今度使うのは付与術式ではない。この世界の理の外にある力。テミスが、己が大剣を創り変えたのと同じ能力だ。
「錬成。素材置換――」
ブツブツと内容を口で紡ぎながら、テミスは自らの力を以て鉄剣を創り変えていく。
まずは、素材。強すぎず、そして弱過ぎない適度な物。ならば、私の知る鉱物は一つしか無い。
「――軽魔銀」
そして、次に必要なのは強度だ。
この世界を生きる、ただの人間であるフリーディアが転生者を相手取るのだ。使う武器にも、相当な耐久力が要求されるだろう。万が一、私の用意した剣が脆かったから負けたなどと言われては、立つ瀬がないにも程がある。
「――剛性上昇。鋭さ強化」
更に、奴の戦闘スタイルを考えるのならば、幾らか必要なオプションを付けるべきだろう。
敵の能力も解らんというのに、正面から斬り結ぶ愚直な奴だ。毒や呪いを扱う連中からすれば、格好のカモだ。
「――属性付与。相対切断。光の加護」
このどちらも、この世界に術式では付与し得ぬ超魔術だ。
剣の硬度が勝っていれば、物体・概念問わずどんなものでも切り裂ける相対切断に、装備者を毒や呪いと言った悪影響から護る光の加護。
それぞれが単体で強力過ぎる力だが、フリーディアを確実に死なせず、未知数の敵戦力の前に立たせるならば、これくらいは必要だろう。何より、私一人が前衛に立つのをあの能天気女が、認めるはずが無い。
ならば、無理矢理前に立たれて苦労する前に、相応の武装を持たせておけば、戦力に数えられる。
そして……。
「……自壊術式。待機……終了」
最後に忘れず、予防線を張っておく。
フリーディアはそもそも敵勢力なのだ。
本来ならばこんな、世の理に反する剣を渡すべき相手ではない。
だからこそ、私の意志で自由に破壊できる術式を組み込む事で、フリーディアが剣の返却を拒んだり、最悪、剣を投棄しなければならない事態に陥ったとしても、我々に向けてこの剣が振るわれる事は無い。
「フゥ……。こんな物か……」
そう呟いて、息を吐くと共にテミスが集中を解くと、その両側からミコトとサキュドが生暖かい視線を注いでいた。
そして、示し合わせたかのように口を揃えて……。
「心配なのは分かりますが……やり過ぎですよ(わ)……」
呆れた口調でそう告げたのだった。




