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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第10章

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452話 先人として

 サク……サク……サク……。と。

 王宮の中庭の土を踏む音が、静まり返った庭内に響き渡る。

 かなりの時間、フリーディアの部屋で話し込んでいたせいだろう、月も天頂まで昇り、しんしんと静かな光を町へ注いでいた。


「っ……」


 そんな中。

 密やかな月光の元へと歩み出たテミスは、屋根の上に飛び上がるべく、足に力を籠めてしゃがみ込んだ。

 その瞬間――。


「待ちたまえ」

「――っ!?」


 テミス背に、建物の暗がりから静かな男の声が投げかけられた。

 その声は、確かに聞き覚えがある柔らかな声だったが、先程のそれとは異なり、酷くくたびれた声色だった。


「……おかしいな。私は、見学(・・)の約束を破ったつもりは無いぞ?」

「あぁ……そうだな。でも、訪問した館の主に顔も見せずに去るのは……些か、礼儀知らずでは無いか?」


 言葉と共に土を響く音が響き、男の声の主……アーサーが微かな月光の元へと姿を現す。

 くすんだ短い金髪と整った顔立ちが、朧げな月光に照らし出される。しかし、その腰にも背にも武器は携えておらず、所在無さげに垂れ下がった手はただ歩調に合わせて揺れるだけで、欠片の力も込められていなかった。


「…………」

「フフ……美しい。綺麗な銀髪だ。そう……例えるのならば、まるで夜の女神」

「っ……!!」


 ピクリ。と。

 『女神』という単語に反応してテミスの肩が僅かに跳ね、ギシリと歯が噛み締められる。

 まさか……女神(あんなモノ)に例えられる日が来るとはな……。


「ハッ……知らなかったな。この世界に礼儀などという概念があるとは……他でもない貴方が、それを口にするとは」

「っ……。フフ……」


 一瞬。

 テミスと数歩の距離を空けて立ち止まったアーサーが驚いたように目を見開いた。

 しかし、それもすぐに虚ろな静寂に呑まれて消え、再び柔らかな微笑に覆い隠される。


「美しい銀の髪に黒い剣……そして皮肉屋。その評判に偽りなし……と言った所みたいだね。テミス軍団長(・・・・・・)

「っ……!!!!」


 事も無げに告げられた言葉に、テミスは思わず抜刀して身構えると、背後のアーサーへと剣を突き付けた。


「おっと……公の場では、リヴィアと呼んだほうが良かったかな?」

「そこまで知って見学(・・)を許すとは、余裕のつもりか? どうやら、余程の馬鹿らしい」

「いいや。君ほどの相手に、余裕など見せる余地はないさ……その武勇は、このヤマトにも轟いているからね」

「フン……ならば、ここで始末を付けるつもりか……」


 カチャリ。と。

 テミスは突き付けた剣を構えると、息を殺してアーサーを伺い見た。

 武器を帯びていないのならば、魔法系の能力か? それとも、もっと別の――。


「止せ。私はただ忠告に来ただけだ」

「忠告……? 警告の間違いではないのか?」

「……忠告さ。君はどうやら、相当に運が良いらしいからね」


 アーサーの言葉と共に一陣の風が流れ、重たい沈黙が両者の間に流れる。

 警告ではなく忠告……。どちらにしても、ロクな内容では無さそうだが……。


「この世界の人間を信用しない方がいい。たとえ魔族だろうとね……。所詮、私達の力を求めて利用しようとしているだけの輩さ……」

「ハッ……ならばこの町は連中への意趣返しか?」

「いいや……そんな感情……とうに忘れたさ……」


 その言葉はまるで、心が抜け落ちたかのような虚無に満ちていた。

 どこまでもがらんどうで、決して満たされる事は無く……それすらも解り切っているというのに尚、求めて止まない。

 さらりと放たれる平坦に均された無感情な言葉には、その虚空にこだまする絶叫に満たされていた。


「私は……護らなければならない……」

「何を?」

「この世界に投げ出される人々をだ」

「……誰から?」

「っ……決まっているだろう! この残酷で憎らしい世界からだッ!!」


 重ねる問いにアーサーが叫ぶと、その虚ろな声が中庭に木霊して闇空へと消えていった。

 それは皮肉にも、この世界から弾き出され、この世界を拒絶した彼の生きざまを示すようだった。


「ククッ……死人風情がよく喋る……」


 クスリ。と。

 テミスはアーサーに背を向けると、ゆっくりと歩みながらその唇を歪ませて呟いた。

 数度言葉を交わしただけで良く解る。この男にはもう、何も残ってはいない。

 志も、信念も、意思も。そして……心すら。

 愛する人(ソフィア)を失った事で壊れたのか……それとも、その時に空いた孔から、零れ落ちていったのか。

 所詮、外様たる私には計り知れぬことだし、慮る気も無いのだが……。


「…………哀れだな」


 ただ一言。

 テミスは足を止め、肩越しにアーサーを振り返って言い放った。

 しかし、その刃のように鋭い言葉にも、アーサーはただ光の無い瞳を緩慢に向けるだけだった。


「……君には、そう映るのだろうね。解るとも。その道(・・・)を歩んだ私だからこそ解る」


 ゆっくりと……しかしはっきりと。

 まるで、テミスの全てを見透かし、理解したかのように頷きながらアーサーは言葉を続ける。


「だが、その果てが(このザマ)さ。君が死人と揶揄した私の姿こそが、君の道の先にあるものだ。だから――」

「――ククッ……アハハハハハハハハハハッ!!!」

「……!?」


 憂うように、慈しむように紡がれるアーサーの言葉は、突如として放たれたテミスの笑い声によって切り裂かれた。


「クククッ……いやすまない。あまりにも的外れなのでな……御高説は結構だが、その話はお前が飼っているメイドにでも話してやってくれ」


 クスクスと笑い声をあげながら、テミスは心の底から愉しむようにそう告げる。

 ――ああ……。誰かを守りたい。

 その想いの先にあるのが絶望だなんて事は、とうの昔に(・・・・・)この身を以て(・・・・・・)知っている(・・・・・)

 だからこそ私は、その空っぽな心を支えるツギハギの支えを、折り砕く言葉も知っている。


「アーサーよ。一つ問おう……お前は何の為(・・・)に、この世界に転生した人々を護っているんだ?」

「っ…………!!! 何の……為……」


 月明かりに照らされた悪魔のような笑みと共に放たれたテミスの問いに、アーサーは目を見開いて沈黙する。

 その沈黙は、返答に窮するでも、言葉を探すでもなく、答えが存在しない事も、テミスは良く知っていた。

 故に……。


「この問いの答えが見つかる事を……祈っているよ」


 心にも無い言葉を残して、テミスは高笑いと共に跳びあがり、姿を消したのだった。

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