439話 災難は休息と共に
「さて……と……。ひとまず、これからどうするかだな……」
オズの奇妙な占いを受けた後、テミス達は彼女も交えて部屋の準備が整うまで談笑し、この町の事について説明を受けた。
曰く。この町では、我々のような転生者やそれに見初められた者を選民と置き、選民に仕える者達を奴隷として扱っているらしい。
中でも、戦う力のある者や特別な力を持つ者は騎士団や委員会へ所属し、戦う力を持たない選民と、それに奉仕する奴隷を守護する任に就くという。
「……ですが、ある意味では夢のような町ですよね。自由を担保に最低限の安全を確保し、守る者は奉仕を受け入れる対価として義務を負う」
「そうだな。だが、我々は知っている筈だ。そのような封建制度など、所詮はただの夢物語に過ぎないと」
「……? そうなのですか? 傍から聞いている限りでは、これ以上ない程、理に適っていると思いますが……」
テミスは開け放たれた窓枠に腰を掛け、サキュドはその傍らの壁にもたれて。そして、ミコトは設えれられたベッドに座って語り合う。
この後は、夕食と同時に、この屋敷に住む面々との顔合わせがあるだけで、あとは自由にしていいとされている。
どうせ、その顔合わせとやらも選民限定なのだろうが……。
「サキュド。この制度には致命的な欠点が幾つもある。一つは、外敵に対して騎士……この町の場合は、選民が必ず民を守る事ができるとは限らない事。二つ、そもそもあるかもわからない外敵の襲来に対し、民に強いる負担が大きすぎる事。あ~……これにも一応、反乱を防ぐだとかの理由はあるが、仔細は面倒だから省く」
「……何というか、意外です」
「は……? どういう意味だ?」
「いえ、何と言いますか……」
テミスがサキュドの問いに対し、饒舌に説明を始めると、傍らでそれを聞いていたミコトが苦笑いを浮かべて口を挟む。
「テミ――リヴィアさんも色々考えてるんだなぁって。あれだけ強ければ、力で押さえつける事もできるはずなのに」
「馬鹿を言うな。私はただ、極力面倒を避けているだけだ。楽を取っていざという時に背中を刺されでもしたら、それこそ話にならんからな」
テミスはサラリと言ってのけると、日の沈みかける町を見下ろしながら、柔らかに吹く風に髪を躍らせた。
その姿を見てミコトは、これはこれで一つの才能なのだろう。と己が心の中で結論付ける。
意思を持つ人間は誰しも欲がある。それは、享楽だったり悦楽だったり快楽だったり、根源的な欲求を基にするそれらの欲は甘美で抗いがたく、過去の歴史を紐解いても、その全てに抗い、大成した人物など数える程だろう。
現に目の前のテミスとて、悪を討つという一点においては、清々しい程に欲望に忠実で、その執着はミコト自身が嫌という程骨身に刻まれた。
だが、為政という観点で言えばそれは完璧で、それにテミス自身が気付いていない所がまた、ミコトには酷く面白く見えた。
「……要するに、護れるかもわからんのに、何かあったら護ってやるからといって搾取をし、時にはその約束すら守る側の者には反故にできる点から、この統治は著し欠陥品なんだ」
「……なるほど。だからリヴィア様は、住民に自治を求めたのですね」
ミコトが思索にふけっている間にも、テミスの講義は続いていたらしく。ふと、ミコトが我に返ったときには、サキュドが得心したような顔で何度も頷きながら、畏敬の眼差しをテミスへと向けていた。
「そんな深い意味など無いさ……。私はただ、面倒事が嫌いなだけだ。弱者を虐げ、目障りに笑う連中を叩き潰す事ができればそれでいい」
それは、紛れもない本心なのだろう。
テミスは獰猛な笑みを湛えながら、畏敬の視線を送るサキュドから逃れるように視線を外へと泳がせながら、その言葉を否定した。
しかし、そんな思いとは裏腹に、その言葉でさらにサキュドの畏敬は深まったらしく、遂には恭しく首を垂れて畏まっていた。
「ハハ……。と、いうかですね。そろそろ突っ込んでも良いですか?」
「ン……? 何がだ?」
そんな主従の姿を眺めていたミコトは、遂に自らの心が限界を迎えたと悟って口を開く。
だが、テミスはミコトへ視線を戻すと、まるで何もわかっていないかのように目を丸くして首を傾げた。
「あのですね……。ここは僕の部屋なんですが? どうして、そんな当たり前のような顔をして居るんです?」
「何故って……決まっているだろう。今後の方針を決める為だ」
「っ……!! なら! お二人の部屋で良いでしょう! なにも一人用の狭い部屋に、わざわざ窓を伝ってまで押しかけなくてもッ!!」
溜まりに溜まったミコトのフラストレーションが、ツッコミとなって部屋の中に反響する。
ともすれば、他の館の住人に聞こえてしまうかも知れない程に短慮な叫びだったが、テミスとサキュド……控えめに言っても、外見だけは美女である二人に好き勝手に押しかけられるミコトとしては、一言物申さずにはいられなかった。
「あ~……。フム……。……ククッ」
しかし、そんな絶叫に、テミスは何かに気が付いたかのようにピクリと肩を揺らした後、少し思案する素振りをしてから、ニンマリと意地の悪い笑みを浮かべて喉を鳴らす。
「っ……!!」
やらかした。と。
その、まるで新たな玩具でも見つけたかのように、無邪気で邪悪な笑みを浮かべるテミスの表情を見た瞬間。本能的にミコトは己が過ちを察知した。
しかし、時は既に遅い。
覆水が盆に返らぬように。吐いた唾が呑み込めないように。ミコトが発した言葉は、既にテミスへ届いてしまっている。
そして……。
「クククッ……なぁ? ミコト……気持ちはわからんでもないが、そんなに我々の部屋を訊ねたかったのならば、言ってくれれば良かったじゃないか」
「いやっ……違っ……!!」
「――っ! あぁ、成る程。そう言う事でしたか……」
意地の悪い笑みを浮かべた少女二人の標的が、音を立ててミコトへ固定される。
それはまるで、獰猛な猛禽獣がか弱い草食獣を嬲るかのような雰囲気を醸し出しており……。
「いえそうでは無くてですね……。あ、そうだ。顔合わせに備えてもう一度擦り合わせをしておかないとッ!!」
「ンッン~……。そうだなぁ。確かに、それも重要だ」
「でしたら――」
「――だがまずは、何がそうでは無いのか説明してもらおうか?」
ミコトが必死で見つけ出した弁明の逃げ道を丁寧に叩き潰しながら、意地の悪い笑みを浮かべたテミスは、窓枠に腰掛けたままそう告げたのだった。




