438話 魔法使いは静かに微笑む
「……ごめんねとは、言わないよ?」
気を利かせたのか、ユウの問いに率先して口を開いたミコトに続いて、テミスが自らの過去を語り終える。それを聞き終えたユウは、物悲しげな表情を湛えたまま、ゆったりとした口調でそう言い放った。
「ああ……構わんさ」
それに対して、テミスは小さく喉を鳴らすと、皮肉気な笑みを浮かべて答えを返す。
そもそも、謝罪をされる謂れも無い。ミコトはどうだか知らんが、ユウに語り聞かせた私の過去は、前の世界での経験を元にしたただの作り話だからだ。
だが、此方の世界に合わせて多少の脚色を付けたとはいえ、実際の経験であることには違いない。
「でも……話してくれて、ありがとう」
「っ……いや……」
そう言って微笑んだユウに、テミスは再び胸の内にチクリとした罪悪感を感じた。
彼女もまた、フリーディアが壊そうとしているこの街を構成する一員なのだ。同じ屋根の下で過ごす事になるユウの信頼を獲得のは、今後絶対に必要な事だ。
テミスは痛む心にそう言い聞かせて、ただひたすらに目的を見据え続けた。
――その時。
ギィッ……。と。木の軋む音と共が玄関の方から響いた後、バダンと重厚感のある振動が建物へ響き渡る。
ノックも呼びかけも無い所を見ると、先ほど言っていたこの館の住人が帰宅したのだろうか?
「あぁ。帰ってきたみたいだ。丁度いい、彼女も紹介しておくよ。少し待っていてくれ」
ユウはテミスの答えを待たずに立ち上がると、足早に食堂を出て行った。
そして、数秒の空白の後、テミス達は顔を合わせると、示し合わせたかのように大きく息を吐く。
「焦ったぁ~……お願いしますよ……僕、リヴィアさんの過去なんて知らないんですから……」
「ハハ……。だからあんなに前のめりに話し始めたのか。いやだが、何とかなったじゃないか」
「毎度の事ながら、リヴィア様のその手際には感服するしかありません」
ただ玄関へ人を迎えに行っただけだ、ユウたちが戻ってくるまでにそう大した時間はかからないだろう。だがそれでも、咄嗟の事態をアドリブで乗り切ったテミス達は、期せずして現れた休憩時間を存分に堪能した。
ちなみに、私とミコトの関係性は、この町を目指して旅を続けている所、偶然出会って意気投合したという事にしておいた。
そして……。
「すまない。待たせたね。彼女は――」
「――嘘吐き」
「えっ……?」
僅かな休息を楽しむ暇もなく、数分と経たぬうちにユウは、帰宅した同居人と思わしき少女を連れ、食堂へ戻って来て口を開く。しかし、その言葉を遮って。少女は開口一番に眠たそうな声で言い放った。
「ふふ……? どうしたの? 目を丸くして。私は嘘吐き……魔法使いのオズよ?」
「っ……申し訳ない。なんというか……彼女はいつもこうなんだ……。だが悪い奴ではないのは私が保証しよう」
その、正鵠を射た発言に驚愕するテミス達に、オズと名乗った少女はクスクスと楽しげに笑ってみせる。
同時に、慌てたように横から口を挟んだユウがフォローに入ったお陰で、テミス達は受けた衝撃から立ち直る猶予を得た。
「っ……あぁ。私はリヴィアだ。その……何というか、個性的な友人だな?」
「僕はミコトです。よろしくお願いします」
「……サキュド」
「フフ……知ってる。見てたもの」
テミス達が何とか応ずると、オズは両手を前に突き出して指で四角を作り、それをカメラのように構えて覗き込んだ。
「見てた……だと?」
「うん。沢山の衛兵を相手に、後ろの二人を守りながらバッタバッタと……でも、あそこでヴァイセとやり合わなかったのは正解」
テミスの問いかけに、オズはすらすらと答えると、賛辞のつもりか、ペチペチと両手を叩いて拍手をして見せる。
「っ……!!!」
だが、その内容は全て正しく、眠たそうな半眼で、ウェーブのかかった短い薄紫の髪を弄る目の前の少女が、テミスにはたまらなく不気味に思えた。
「ふふ……怖がらないで? 大丈夫。私は味方……ここは安全よ?」
「フ……フフ……。嘘吐きと自己紹介をしてそう言われてもな……。正直、怖くて堪らない……」
オズは優し気な微笑みを浮かべたまま、テミスの頬に手を差し出すと、ピタリとテミスの内心を言い当てて見せる。その聞きようによっては危険極まりない言い回しに、テミスは必死で言葉を返しながら、頭の中ではけたたましく警鐘が鳴り響いていた。
「そう……? じゃ、簡単な占い」
「クッ…………」
恐らく、このオズという少女は精神系の能力を持つのだろう。ならば、最も警戒しなくてはならない相手であり、最も接触を避けるべき相手だ。
だというのに。差し出された手を頬に添えられ、捕らえられる形になったテミスは、まるで誘われるかの如く間近まで近付いてくるオズの瞳を見つめ続けた。
――今すぐに振り払って離れなくては。
頭ではそうわかっている筈なのに、何故か体が動かない。
その様子は、まるで初めてキスを迫られている少女が硬直しているかのようで、そんな自分を客観視できてしまうテミスは、それでもなお、頑として動かない己が体を呪い続けた。
「面白い色……。明日の夜。王宮へ行ってみると良いわ。探し物がきっと見つかるはず」
「――っ!!」
「……ね? 平気だったでしょう? 仲良くしましょ」
ボソリ。と。
テミスの頭を抱くように捕らえたまま、オズはその耳元で他の誰にも聞こえない程小さな声で囁いた。そして、すぐにテミスの身体を開放すると、面白そうにクスクスと笑みを浮かべて告げたのだった。




