429話 関門を突破せよ
「さてと……では、行こうか」
「はっ……」
朝日が昇りはじめ、新たな一日の始まりを告げる温かな光が、冷え切った町を照らし始めた頃。
テミスとミコト、そしてサキュドの三人は、朝露が煙るヤマトの町に外套をはためかせ、その澄んだ空気を肩で切って歩いていた。
相も変わらず汚れと悪臭の目立つ町は不快そのものではあったが、朝露のおかげか匂いも少しばかりは和らぎ、町はかつての片鱗を見せ付けるように輝いている。
「テミスさん……」
「リヴィアだ。首尾良くやれ」
「っ……!! はいっ……」
ミコトが緊張した面持ちでその名を呼ぶと、テミスは見向きもせずにそう命じ、眼前にそびえ立つ無機質な塀を見つめた。
そう。この壁の奥に潜む者こそ、私がこんな所にまで呼び出された、全ての元凶だ。加えて、この街の惨状やフリーディアの要請からして、町を支配しているであろうあの男が『悪』であるのは間違いない。
「フン……世直しか。生憎、紋所は持っていないんだがな」
「ふふっ……人数も丁度三人ですしね……」
「……? モン……ドコロ? 何かの道具ですか?」
「あぁ。一目見ただけで人々が平伏する便利な道具さ」
「へぇ……魔道具の類ですか……便利な物があるんですねぇ……」
テミス達は安らかな気持ちでそう語らいながら、ゆっくりとした足取りで『門』へと歩み寄っていく。
カルヴァス達の調べによれば、この内塀の設えられた門は東西南北に一つづつ。また、昼夜を問わずその門は閉ざされており、そこを守備する衛兵の数も多い。まさに鉄壁。カルヴァス達がそう評するのも無理は無かった。
だが、何事にも例外はある。あくまでもこの町は、冒険者将校つまりは、転生者の為の町を謳っているのだ。
ならば、純度百パーセント。正真正銘の転生者である私達ならば、通れぬ通りは無い。
「っ――!! 何だ貴様はッ!! 止まれっ!!」
早速。門に近付くテミス達を見咎めた衛兵たちが、荒々しい声を上げながら武器を手に駆け出してくる。
その数は、今まで幾度となくこの世界の門を突破してきたテミスの目から見ても唸るほどに多く、巣から次々と這い出て来る蟻のように駆け出してきた衛兵たちは、怒号を上げながらあっという間にテミス達の周りを取り囲んだ。
「待て待て……私達はこの街の者ではない。ふと、噂を耳にしてね……領主殿にお目通り願おうとこうして来た訳なのだ」
「フン……つまり、貴様らは自らを冒険者将校だと?」
「ああ。もっとも……彼女は私の大切な仲間だがね」
「っ……!!」
取り囲まれ、武器を向けられて尚不敵な笑みを浮かべ続けるテミスに、正面の衛兵が微かに鼻白む。しかし、周囲を取り囲む衛兵たちの視線は、むしろテミスよりも仲間であると紹介されたサキュドへと向けられていた。
「……フム」
成る程……嫉妬か。
テミスは外套の下で、秘かに剣の柄へと手を番えながら、彼等の視線の意味を理解した。
考えてみればこのヤマトという町において、選民という立場は貴族と同等なのだろう。ならばそんなお偉方が、こんな朝っぱらから最前の詰所に居るはずも無い。
つまり、ここに居る衛兵の殆どが、この世界の人間から徴用された奴隷階級の人間なのだろう。
そんな者たちが、たまたま私という冒険者将校と知り合っただけのサキュドに、妬くなというのがどだい無理な話だ。
「どうした? この街は我々を歓迎すると聞いている。武器を下ろしてくれ」
しかし、それを理解して尚。テミスは皮肉気な笑みを崩さないまま、自らへ矛先の向けられた武器をものともせずに一歩を歩み出る。
そもそも、この手の縁……運と言い換える事もできるそれを、妬んだ所で意味が無いのだ。
「っ……。駄目だ。認められん。冒険者将校の方以外の者を通す事は出来ない」
「何故だ? 彼女は私の仲間というだけではなく恩人でもある。彼女を無碍に扱うのは許さんぞ?」
「うっ……く……」
ジャリッ……。と。
テミスが言葉と共に一歩踏み出すたびに、完全に気圧された衛兵はじりじりと後退を続け、遂には包囲円を形作る別の衛兵と接触して立ち止まる。
無論。これは全てこの場限りのハッタリだが、ゲルドイの話が本当ならば、彼等にとって無視できるものでは無いだろう。
しかし……。
「うぅぅ……ぐくっ……ぐぐぐっ……ッ!!! それでも、ここを通す訳にはいかなァいッッッ!!!!」
「――っ!!!」
突如として大声を上げた衛兵は、テミスに向けた剣を振り上げると、渾身の力を込めてその頭蓋に向けて振り下ろしたのだった。




