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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第2章

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39話 偽神の力

「それでは……お話を始めましょうか」


 領主邸でテミスの怪我の処置を終え、救急箱を閉じたケンシンが静かに切り出した。

 ここの館に来るまでの間。ざっと村を見渡したが、やはりここも他の人間領と同じで裕福という訳ではないようだ。というよりも、ファントやイゼルと比べてこの町は、家屋の絶対数が少なかった。


「話? 彼女の事は先ほど話したばかりだが……」

「いいえ。あなたの事です」


 テミスは三味線をひいて誤魔化そうとするが、ケンシンの言葉がぴしゃりとそれを封殺した。怪我の処置をするときに侍女を下がらせた時点で察してはいたが、ここまで直球で来るか……。


「………………」

「単刀直入にお尋ねしましょう。あなたはこの世界の人間ではない……そうですね?」


「…………」

「そして、僕たち冒険者将校と呼ばれる者達と同様、超常の力を持ち合わせている」


 静まり返ったケンシンの執務室に、彼の声だけが木霊する。

 そんなケンシンの顔を半眼で眺めながら、テミスは薄くため息を吐いた。それにしても先ほどからこの男は、本当に情報を聞き出す気があるのだろうか?

 尋問をするのであればいざ知らず、仲間を助けられたという立場上、対等どころかへりくだって聞き出すのが定石のはずだが……。


「…………――」


 しかし、だんまりと言うのもいささか心証が悪いか……と。テミスが口を開こうとした時だった。


「ああ。いえ。お答えいただく必要はありませんよ。そう云う能力ですので」

「っ!!」


 笑顔も調子も崩さないまま、ケンシンの口から衝撃の言葉が放たれた。同時に、テミスの右手が傍らに置かれていた大剣へと跳ねる。


「待ってください。何度でも申し上げますが、今の私に敵意や害意はありません」

「……どういう意味だ? あのようにあからさまな探りを入れておいて、それは無いだろう?」


 しかし、その切っ先はケンシンへと向けられただけで、その華奢な体を切り裂く事は無かった。


「言葉の通り取っていただければ。貴方がなにやら……思う所があってそちら側に居るように、僕にも思う所があるのですよ」


 ケンシンは突き付けられた切っ先を見据え、欠片もひるまずに言葉を紡いだ。その風体は、確実にケンシンが付き付けられた刃から逃れるすべを有している事を証明している。


「っ……」


 ごくり……。とテミスの喉が音も無く動く。私があと少し、あと数センチ剣を切り下せばこの男の命は潰える。……はずだ。例えカズトのような膂力を持っていたとしても、同じ膂力を持つ私からは逃れられはしない。

 ――ならば、能力か。

 テミスはそう当たりを付けると、ケンシンの前から切っ先を退いて問いかける。


「それが、この町という訳か?」

「ええ。ですが……あなたは言葉だけでは信じないでしょう?」

「……ああ」


 笑顔を崩さぬまま頷くケンシンの返す問いに、テミスはコクリと頷く。口で何を語ろうが、意味をなさないことを私は知っている。


「すぐに信じろ……などと言うつもりはありません。しかし、私は私の町を幸せにしたい」


 ケンシンは軽く両手を広げると、少し広めのスペースが取られた部屋の中を歩き回りながら弁に熱を込めた。その姿はまるで、以前の世界の街角でできもしない高説を垂れる某の姿のようだった。


「まるで政治家だな。前職はそういった職か?」

「いいえ。しがない学生ですよ。世の中を良くしたい、皆を幸せにしたいと思えば思う程……その理想から遠ざかって行った愚かな学生です」


 皮肉っぽく問いかけたテミスに、ケンシンは立ち止まると、はじめて笑顔を崩して答える。否。笑顔なのだ。確かに笑顔は形作られているのだが、そこに横たわっているのはとてつもない疲労感だった。それが感じられるのは、その言葉の端々に滲む虚しさのせいか、はたまた少し開いたまぶたの隙間から覗く、ぶちまけた墨汁のように空虚な瞳のせいなのか……。


「学生…………」


 ぽつり、と。ケンシンの雰囲気に気圧されたテミスが口を開く。

 この目の前の男もまた、あの世界に絶望してこの世界へと渡ってきたのだろうか? だとしたらそこには、どれほどの苦悩があったのだろう?


「そうですね。信用していただくためにこちらも誠意を見せましょうか……」



 ケンシンは呆けるテミスの前で再び元の笑みに立ち返ると、自分の体の前で窓でも開くかのように手を滑らせた。


「っ!?」


 次の瞬間。ガタン。と。テミスが驚愕の顔で椅子から立ち上がった。

 そこには、ケンシンの手に印刷でもされるかのように、空中に様々な文字列やグラフが浮かび、それらは脈動をするかのように次々と形を変えていた。


「オール・データーズ・ライブ。僕はこの能力をそう名付けました」


 ケンシンの手がひらりと翻り、ケンシンの前に無数に浮かんでいたウィンドウのようなものが、テミスの前へと流れてくる。


「指定した任意の場所から一定距離を覆いつくす結界で、その中においてのみ、僕はあらゆる情報を得、そして操る事ができる」


 半透明のウィンドウに映された地図の向こうで動くケンシンの身振りに合わせて、テミスの目の前の地図に様々なデータが書き込まれていった。

 その中には、この部屋で話す自分の名前だけでなく、この部屋の扉のすぐ外に居る侍女の名……そして、妙に小さく括られた円には、テミス達の話し声の可聴範囲等と言う馬鹿げた文字が記されていた。


「最強……じゃないか……」


 テミスが崩れ落ちるように椅子に腰かけると、目の前の地図に新たな波形が刻まれる。先程からこの地図は、リアルタイムでモニタリングをしているようだが、その程度は些末な事だった。


 可聴範囲が弄られている。


 改めて現実として情報を認識することで、テミスの喉が一気に干上がった。この一点だけで、ケンシンの能力の強力さが窺える。

 もし仮に、弄る事のできる情報が可聴範囲だけで無かったら?

 ――もし仮に、その物体や存在にさえも干渉する事ができるのだとしたら……?


「いいえ。確かに、指定した空間内において僕は神にも匹敵する能力を持っている。しかし、それだけなのです」


 戦慄するテミスをよそに、ケンシンは気楽な口調で自らの能力を語り始めた。その様子はどこか嬉しそうで……。テミスには、まるで自慢のおもちゃを披露する子供のようにも見えた。


「効果範囲はせいぜいこの町程度ですし、移動することもできない。更には再設置する条件も厳しいときた。とんだハズレですよ」

「……その条件とは?」


 喉を鳴らしたテミスが、ケンシンの方へ身を乗り出して問いかける。発動条件さえ押さえておけば、まだ対処のしようがあるかもしれない。


「さすがにそれは秘密ですよ。僕は貴女を信用はしていますが、信頼はしていません。僕たちのとって、この能力はこの世界における生命線だ。それをあなたに預ける気にはなれませんね」

「村人を助けた私であっても……か?」

「村の人を助けてくれたあなたであっても。です」


 緩やかに緊張していった部屋の空気が張り詰め、静寂となって表れた。二人の表情は対照的で、今この瞬間だけを第三者が切り取って見たならば、誰もがテミスをケンシンが尋問しているように見えるだろう。


「……それもそうか。これでようやく、お前の言葉に信憑性を持てる」


 テミスの頬を伝う冷や汗が顎へと達する頃。静かに瞑目したテミスの声が、静寂を切り裂いた。


「それは良かった。そこで提案なのですが……僕とあなたの間で契約を結びませんか?」

「契約……ね」


 二人の間に漂う固着していた空気が一気に弛緩し、ケンシンの声にもどこか気楽さが混じる。


「ええ。無期限の停戦と水面下での協力です。ああ、もちろん第十三軍団長としてのテミスさんではなく、あなた個人でという意味ですが」

「それをして私に何の得がある?」


 しかしその一方でテミスの態度は頑ななまま、気怠げに半眼を開いてケンシンの瞳を眺めている。何故なら、テミスは気怠さの仮面の下で苦悩していた。ケンシンに私の正体が露見した以上、ここでケンシンをこちら側へ付けるか始末するかをしなくてはならない。だが、奴の言い分を信じるならばこの思考すらも……。


「フフッ……。っと、テミスさんの利点でしたか……。そうですね……緊急時のシェルター……といった所でしょうか。貴方がどんな状況、どんな立場に居ようと、この町にまで辿り着きさえすれば、僕はあなたを無条件で保護します」


 ケンシンはテミスの苦悩を見透かすように笑みを浮かべると、生き生きとした表情で自分の手札を積みはじめる。やれやれ……こんな事だったらサキュドでも連れてくるんだったか。


「ハァ……話にならんな。お前は私を信用し、信頼していないと言ったが、私は信用も信頼もしていない。故にそのような状況に陥ったとしても、お前に助けを求める事は無い」


 テミスはため息と共に体の外へ憂鬱を押しやりながら、プルガルドに残してきた部下の顔を思い浮かべる。彼女なら、こういった胃の痛くなる交渉事は得意なのではないだろうか?


「ハァ……はっきり言いますね……そう言われてしまうと、僕としてはバストアップくらいしか出せる手札は無いのですが……」

「オイ」


 ケンシンが軽薄な表情で述べた途端、テミスの目が鋭く光り、剣呑な雰囲気が漏れ出る。まぁ、どうせこのセリフすらも、自分が他人の思考を読み取れる事の証明なのだろうが。


「っと……失礼。冗談です。では逆に、何を提示すれば信じていただけるのでしょうか?」

「フム……」


 仮にだ。仮に、このケンシンに敵意や害意が無かったとして。私はそれをどうすれば信じる事ができるのだろうか? 弱みを提示させる方法は拒否されたし、言葉面で説明させるのは論外だ。ならば……。


「その契約……いや、もはや条約か……。それを結んだとして、お前に何の利がある?」


 数秒。動きを止めて思考したテミスが導き出した答えは、理論だった。気心知れぬ間柄で、損得感情ほど信頼できるものは無いだろう。ならば、ケンシンが私に手を貸して何の得があるのか。この答えに納得できたならば、この男を信じてみても良いのではないだろうか。


「なるほど……わかりました。でしたらそれを説明するために、まずゼッタイと思われた僕の力の欠点からお話ししなければなりません」


 ケンシンは、額に手を当てたまま、その手の内から射貫くようなまなざしで見つめるテミスの視線を受け流すと、その笑顔を崩さぬまま口を開いた。

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