427話 仇敵の指揮官
次の日の夜。
相も変わらず静まり返ったヤマトの町の一角。そこに佇む主を失った神殿に、多くの人間がひしめいていた。
誰もが大きな荷物を肩に担ぎ、ガシャガシャと金属の擦れ合う音が響いている。
「カルヴァス副隊長。白翼騎士団ヤマト遠征隊、集結完了しました」
「解った……」
一人の騎士が前へと進み出て、チラリと横目でテミスを盗み見た後、カルヴァスの名を強調して報告を告げる。
おおかた、この場での指揮官はカルヴァスであるという彼等の主張なのだろう。
「フン……」
その意を汲みとったテミスは小さくため息を吐くと、視線を頭上の広い空間へと彷徨わせた。
やはり私は、どうやってもこの騎士団の連中とは相容れないらしい。彼等は、私がこうして現実の見えていない白翼の騎士達を、憐れんでいる事にすら気付かないのだろう。
元来、自らの大切な物よりも、誇りが大切な連中とは得てしてそう云うモノだ。
「すまない……見ての通りでね……。彼等もわかってはいるのだろうが……」
「ククッ……何なら彼等の思い通り、お前が私達を使ってみるか?」
「っ……。……揶揄っているのか? 悪い冗談は止してくれ」
申し訳なさそうに声をかけたカルヴァスに対して、テミスは凶悪な笑みで問い返す。
しかし、カルヴァスは短い沈黙の後、引き攣った笑みを浮かべて首を横に振って答えを出した。
「フ……賢明だ」
その答えに、テミスは凶悪な笑みを引っ込めて微笑むと、カルヴァスの肩を軽く叩いて一言だけ告げる。
――カルヴァスの評価を、改める必要があるな。
テミスは心中でそう呟きながら、立ち並ぶ騎士団の前へと足を進める。
今の一瞬の沈黙……カルヴァスは確かに、頭の中で計算をしていた。
新たに、私とサキュド、そしてミコトという不確定戦力を加える事で、『彼等の目的』を達成できるか否かを。
そしてその結果。誇りを棄てて身を引いたのだ。
「さて。白翼騎士団の諸君。傾注してくれるかな?」
「……!」
カッ! と。
テミスは神殿の床に軍靴を打ち付けて注目を集めた後、さざめきのようにざわめく騎士達を黙らせる。
瞬間。彼等の意識はテミスへと向き、コソコソと言葉を交わしていた騎士達は一切の私語を慎んだ。
「フッ……ありがとう。どうやら諸君が優秀なようで私も嬉しいよ」
騎士団の注目を一身に集めながら、テミスは歌うようにそう告げると、右へ左へ踊るように歩き回りながら頬を歪めて語り続ける。
「現況はカルヴァスから聞いている。なるほど……芳しくない……。否。絶体絶命といっても過言では無いだろう」
「っ……」
言葉と共に皮肉気なテミスの流し目が騎士達を薙ぎ払うと同時に、各所から臍を噛むような息遣いが響き、テミスの身体を刺し貫くような殺意だけが射すくめた。
「……。クハッ……」
その反応に、テミスはニンマリと頬を歪め、腰の剣へ跳ねかけた自らの手を持ち上げて口上を再開する。
「貴様らが主と仰ぐフリーディアは塀の向こう。だがしかし、諸君にそれを秘かに越える術はなく、かといって正面から突破できるほどの戦力も無い」
嘲る様に、そして慈しむように。
白翼の騎士達の誇りを徹底的に凌辱しつつ、テミスは愉悦の笑みを浮かべて現実を並べ立てる。
――しかし。
まだだ。まだ足りない。
彼等の殺意を受け止めながら、テミスは胸の内で呟いた。
カルヴァスとの情報交換の結果、二人は例えテミスが指揮を執ろうと、現行の戦力でこの町を落とすのは難しいと結論付けた。
何故なら、白翼騎士団の精鋭から選出されたヤマト遠征部隊は一個大隊程度。戦力こそ選りすぐりなのだろうが、その大部分は傷付き疲弊している。
物資は尽き、補給もままならないこの町の中で、彼等は必要最低限の物資のみで内偵を続けていたのだ。
「故に。これは撤退戦だ。いかにフリーディアを救い出し、最小限の被害で引き揚げるか。それが重要だ」
「なっ……!! この街の住人を……アルティアを見捨てろと言うのか!!」
テミスが言葉を紡ぎ終わると、怒りを露わにしたミュルクがテミスの前へ飛び出して声を上げる。
「フッ……ご苦労。上手く受けろよ?」
「ッ――。フリーディア様の為だッ……!」
刹那。
テミスはボソリとミュルクと言葉を交わした後、その頬へ拳を叩き込んで怒鳴り付けた。
「自陣の力量も弁えずに吠えるな間抜けッ! 文句があるのならばやって見せろッ! 私を含めた現状の戦力でこの街を落とせるというのならな!!」
ミュルクはバギィッという鈍い音と共に弧を描いて吹き飛び、地面を転がってようやく動きを止める。
これは、テミスとカルヴァス。そしてミュルクの間で交わされた計略だった。
一時的とは言えど、白翼騎士団の指揮権をテミスへ移譲すれば、軋轢が生じるのは間違いない。
加えて、誇りを是とする彼等の事だ。独断で飛び出す阿呆が出ても何ら不思議ではない。だからこそ、事前に事実を以てその心をへし折る事で、部隊の統制を整える計略だ。
「内門一つ抜けず、主を取り戻す事すら叶わん雑魚が……口だけは達者らしい」
「グッ……ウッ……なら……テメェならできるって言うのかよ……フリーディア様をお救いする事がァ!!」
「無論だ。だがそれは……お前達の働きにかかっている」
さらり。と。
テミスは事前に描いた台本通り、ミュルクの叫びへ涼し気に言葉を返す。
意識のすり替えと鼓舞。この下らない茶番は、その二つを同時に成し遂げる妙手だった。
事実。既に白翼の騎士達は固唾を呑んで状況を見守り、テミスへ向けられていた刺すような視線は、戸惑いと期待の眼差しへと変化していた。
「お前達には、困難極まる任務となるだろう。だが、それを成し遂げる覚悟はあるか? ただ他でもない……お前達の主を、フリーディアを取り戻す為に」
「っ……!!!」
テミスがそう言葉を締めくくった瞬間。まるで合唱のように騎士達が生唾を飲み下す音が神殿の中へ静かに響いた。
ようやくこれで、準備は整った。
テミスは内心でそうほくそ笑むと、立ち並ぶ騎士達を見据えて口を開く。
「白翼騎士団指揮代理としてお前達に命令する。我々が戻るまで待機せよ。死ぬ事は許さん。この街に身を潜め、誇りを棄て、泥水を啜ってでも命を繋ぎ、主の帰還を待て。以上」
テミスは冷酷な声でそれだけ告げると、軍靴を鳴らして彼等の前から足早に姿を消したのだった。




