426話 月夜の会合
「っ……ぁ……。そ、その声……テミスか?」
「む……?」
テミスが剣を突き付けた先から、鋭く息を呑む音と共に、聞き覚えのある声が響いてくる。
同時に、暗闇の中で佇んでいた人影は抵抗の意思がない事を示すように両手を挙げると、ゆっくりと月光の中へとその姿を現した。
「私だ……カルヴァスだ。どうか、剣を下ろしてくれないだろうか」
「フム。お前一人か? フリーディアはどうした?」
その言葉に、テミスは静かに首から切っ先を離すと、その峰を自らの肩へ軽く当てて、背負い構えの形で問いかけた。
「いや……ここに来たのは私とミュルクだけだ。それと……フリーディア様は……その……」
口ごもるカルヴァスに続いて、その後ろからミュルクが姿を現すと、テミスはそこでようやく軽い音と共に剣を収める。
「兎も角……来てくれて助かった。正直、あのメッセージを見た時は心から安堵したよ」
「……状況は?」
「それが――」
「――ちょっと待った。テミスは良いとして、お前らは誰だ? 見ねぇ面だ」
疲弊した笑みを浮かべたカルヴァスが口を開きかけた瞬間。ミュルクはギラリとテミスの後ろに控える二人……ミコトと姿を変えたサキュドを睨み付けて問いかける。
「僕は、ミコト・クラウチです。訳あって今、テミスさんの所に身を寄せていまして」
「……コレで。わかるでしょう?」
水を向けられたミコトはニッコリと人の良い笑みをカルヴァスに向けて浮かべると、右手を差し出して握手を求める。
それを横目で見ながら、サキュドはただ一言ボソリと口を開いて、紅の槍を見せつけるように出現させ、即座に霧散させた。
「っ……。お前……サキュドかよ……。変身なんてできるのか……」
「私はカルヴァス・フォン・キルギス。ロンヴァルディアの白翼騎士団が一翼にしてフリーディア様の補佐……副隊長を務めている」
「フン……」
各々がそれぞれの反応を示す中で、それを眺めるテミスは一人下らなさそうに鼻を鳴らした。
今の短いやり取りの中に込められたそれぞれの思惑が、外側から俯瞰するテミスには透けて見えるようだった。
ミュルクは相変わらずの馬鹿だし、結果として手の内の一つを晒してしまう羽目になったサキュドの機嫌が悪いのは当然の事だ。
対して、ミコトはその身体をしっかりと外套に潜め、腰に提げたガンブレードを彼等の目に晒さないようにしている。また、カルヴァスも自分の立場を改めて明言する事で、ミコトの立ち位置を探っているのだ。
実に、下らない話だ。
そんな彼等に冷たい視線を注ぎながら、テミスは一通りの軽い自己紹介が交わされるのを見守っていた。
所詮、我々は敵同士。フリーディアという旗印が無ければ、信用などできるはずも無いのだろう。
だが、それはこちらも同じ事だ。援軍を要請しておいて、当の本人が姿を現さないのはいささか不誠実というものではないだろうか?
しかし、あの清廉潔白で馬鹿が付く程実直なフリーディアが、誠を違えるとは思えない。つまり、何かしらここに来る事のできない状態なのだろう。
「それで……状況は? フリーディアの奴、何かしくじって怪我でもしたか?」
「っ……。怪我……ならまだ良かったのだが……」
彼等の存在に気が付いたのは、サキュドの功績だ。包帯が束で入り用など、生き残る必要のある人間が負傷したとしか思えない。
そう思って嫌味がてらカマをかけてみたのだが、カルヴァスの沈みっぷりを見るからに、状況はそれよりもはるかに悪いらしい。
「町で情報を集めて回る最中に、運悪く選民たちの徴収にぶつかってしまったんだ」
「ハァ……。ってことは捕らえられたのか……馬鹿が……」
テミスは深いため息と共に頭を抱えると、吐き捨てるようになじり飛ばす。
おおかた、連中の理不尽な対応に業を煮やして、割って入りでもしたのだろう。目の前の誰かを守る事となると、すぐに頭に血が上る奴らしいミスとも言えなくはないが……。
「いや……今回は違うんだ。状況が状況……君達も到着していない中で、騒ぎを起こす訳にはいかないのを理解されていたのだろう。フリーディア様は必至で歯を食いしばって、飛び出そうとする体を抑えておられた」
「なら……何故……? 略奪を見逃したならば、囚われる訳が無いだろう」
「何だ。知らねぇのかよ?」
カルヴァスと言葉を交わす中に、突如として軽い口調のミュルクが割って入ってきて言葉を続ける。
「連中が納税とか呼んでる略奪は、郊外の生産地帯だけだ。そもそも、こんな状態の町の住人が、差し出せるモンなんて一つしかねぇだろ」
「っ……!! まさか……」
そこまで言われて、テミスはようやく思い当たる。
まだあの世界に感覚が残っていたのか、確かにこんな街中では作れる物などもう何も残っていないだろう。日々を食い繋ぐ事が精いっぱいの彼等に暴力を振るってまで、選民達が奪うものなんてある訳が無い……そうたった一つの禁忌を除いて。
「……そのまさかだよ。連中の徴収ってのは奴隷探しだ」
「つまり、フリーディアは連中のお眼鏡にかなってしまった……と」
「そう言う事になる……」
「ハッ……ならばとんだ忠臣じゃないか。主を奴隷として攫われたというのに、お前たちは指を咥えて眺めていたのか?」
「――ッ!!! お前ッッ!!!」
「馬鹿ッ……! 止せ!!」
テミスが意趣返しとばかりに嘲りの笑みを浮かべると、怒りに目を見開いたミュルクが胸倉を掴み上げる。
しかしその瞬間。テミス自身は無抵抗だったものの、ミュルクの背後でギラリと閃いた赤い光が、ピタリとその首にあてがわれていた。
「テミスも……我々もピリピリしていたんだ。そういった発言は控えてくれないか? 何故なら、お前達を待てというフリーディア様の命が下っていたんだからな」
「フン……下げて良いぞサキュド」
止めに入ったカルヴァスの言葉を、テミスは鼻で嗤ってサキュドに指示を出す。
命令があったからといって、ただハイハイとそれを聞くのは忠臣ではない。主が誤った選択をした時、諫めるのが真たる忠臣の役目だ。
だが、奴が事前にそう命令を下していたのならば、きっと何かしら考えがあるのだろう。
「ハァ……もう良い。それで? お前達は何処に潜伏しているんだ?」
「ん……? あぁ。住人の方に事情を話して間借りさせて貰っている」
「…………は?」
カルヴァスの答えを聞いたテミスは、思わず裏返った声で疑問符をあげてしまった。
前言撤回。こいつら、筋金入りのアホなのでは無いだろうか?
「解った解った……もう良い……。ではまず、その住民の方とやらに撤退すると告げて宿を引き払え。何なら少々の口止め料でも掴ませろ」
「なっ……撤退!? お前正気でッ――!?」
「嗚呼。頼むから少し黙ってくれ。本当に撤退する訳が無いだろうが……。ひとまず、全員をこの建物に集めろ……」
テミスはいきり立つミュルクを軽くいなすと、ぐったりと疲れた声で、そうカルヴァスに指示を出したのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




