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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第10章

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416話 或る冒険者のお話

 数年前。


「っ……!! ハァッ……!! ハァッ……ゴホッ……!!」


 夜の帳も降り、静まり返ったアルティアに霧雨の降りしきる中。覚束ない歩調で、一人の青年が歩を進めていた。

 よくよく見れば、その背には幾つもの矢が突き立ち、手で押さえた脇腹からボタボタと垂れる血潮が、白磁のように美しい街並みに滴っていた。


「クソッ……なんでだよ……どうしてッ……!!!」


 青年は満身創痍の体を引き摺って歩きながら、食いしばられたその口からは、とめどなく悲しみの呟きが溢れていた。


「和人……竜也……美咲ッ……!! くっ……ううゥッ……」


 それは、この世界の誰も知らない、彼の友人の本当の名前。

 背を預け、共に戦った仲間の真の名前だった。

 だが、その名を知る者はもう彼しか居らず、そんな青年の命もまた、この嘘みたいに美しい街で尽きようとしていた。


「何でだ……俺達は……お前達の為に戦ったじゃないかッ……!! まともな装備一つも寄越さないくせに……それでも戦えと宣うお前達の為にッ……!!! だというのにッ!!!」


 悲しみの呟きは次第に怨嗟へと変わり、歩き続けていた青年は風光明媚な町を抜けて、農耕地帯へと差し掛かる。

 辺りは暗く、しんしんと降りそそぐ霧雨が、体にまとわりついて青年の身体か徐々に熱を奪って行く。


「こんな……所で……。絶対に……許さ……ない……。死んでたまるかッ!! うぐあッ!!」


 ズルリ。と。

 呪いの言葉を吐き散らしながら歩んでいた青年の足がぬかるみに嵌り、傷付いた体が泥だらけの地面へと打ち付けられる。


「ゴホッ……寒い……暗い……」


 それからしばらくの間、何とか立ち上がろうともがいていた青年の動きが、弱々しい声と共に鈍くなっていく。


「あぁ……こんな……事なら……」


 ――信じなければ良かった。

 黒く淀んだ青年の心に、深い悔恨と共に絶望が刻み込まれていく。

 力を持ってこの異世界に転生して、正義のヒーローにでもなっていたつもりだった。

 目の前で救いを求める人々が居るのなら、颯爽と駆け付けて助け出す正義の味方。

 事実。青年はこの世界で知り合った仲間達と共に多くの人々を救い、様々な人々に笑顔をもたらした。

 片時も潔白さを忘れず、博愛の心を持って人々と接する彼等が、英雄と祭り上げられるのにそう時間はかからなかった。


 だが、その結末は……。


「救ってやるんじゃなかったッ!! 助けてやるんじゃなかったッッ!!」


 最期の力を振り絞り、青年は慟哭する。何故、こんな見知らぬ遠い地で、自分は血と泥にまみれて転がっているのかと。胸の内に溜まった怨嗟を込めて……あらん限りの禍が連中に降り注ぐことを祈りながら。

 そしてその叫びを最後に、青年の意識はぷっつりと途切れたのだった。


「うっ……」


 しかし幸運にも、青年は意識を取り戻す事になる。

 薄いながらも真っ白なベッドに横たえられた体には、清潔な包帯が丁寧に巻かれ、枕元に置かれた水差しには透き通った水が湛えられている。


「こ……こは……?」


 青年は辺りを見回すと、衝立の様なもので仕切られたそのスペースの片隅に、自らが身に着けていた物がまとめられているのを見つけた。

 そこには、ご丁寧に背中に突き刺さっていた矢もまとめられており、彼を介抱した者の几帳面さが見て取れた。


「あら……良かった……。目が覚めたんですね? びっくりしたんですよ? ちょっと早起きして外に出てみたら、あなたが家の前に倒れていて……」

「っ……すまない。迷惑をかけたようだ。私はすぐに――っ!!」


 衣擦れの音に気が付いたのか、一人の女性が仕切りの向こう側から顔を出して笑いかける。

 しかし、青年は即座にベッドから立ち上がろうと体を動かして走った痛みに顔を顰める。


「ダメですよ? まだ横になっていないと。酷い怪我だったんですから」

「しかし……!」

「良いんです。逆に、今あなたをこのまま行かせて、また倒れられたら私が悪いみたいになっちゃうじゃないですか」

「…………。動けるようになるまで。すまないが世話になる……。私はアーサー。この礼は必ず返させて貰うよ」

「フフ……私はソフィア。よろしくね? 騎士様。昨日の雨が血の跡も流してくれたみたいだから、追手は来ないと思うわよ?」


 ベッドから出るのを諦めた青年が名を名乗ると、女性はふんわりとアーサーに笑いかけながら、乱れた掛布団を彼の身体の上へと掛けた。


「……何も、聞かないのかい?」

「えぇ。何を聞いた所で、私にできる事はこれくらいしか無いわ。だから、聞かない」


 その代わり……。と。

 ベッドから一歩離れたソフィアはアーサーを振り返って微笑むと、人差し指をぴんと立てて言葉を続ける。


「ウチは貧乏だから、大したものは出せないから覚悟してね?」


 そう告げると、ソフィアはふんわりとした花のような香りを残して、衝立の向こうへと引っ込んでいったのだった。

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