415話 在りし日を抱く者
村の外れ。
小高い丘の上に建てられた大きな小屋が、テミス達が救助した老人の住まいだった。
小屋自体も、村に連なる掘っ建て小屋のような粗雑な物ではなく、しっかりとした作りの『家』と呼べる代物だ。
「儂の名はゲルドイ。まずは、助けていただいて、本当にありがとうございます」
「いや……構わない。私はただ、当たり前の事をしただけだ」
ゲルドイと名乗った老人を介抱したテミス達は、手酷い怪我を負った彼に手を貸して家まで送り届けたのだ。そして、そのままゲリドイの誘いに乗って家に上がり、簡素な部屋の中心に設えられたテーブルに、向かい合って腰かけている。
「ホホホ……。こんな世の中で、その当たり前ができる事が、何より素晴らしい事じゃと儂は思いますがの……」
「っ……」
「……ですが。じゃからこそ。早くこの地を去った方がよいでしょう」
おもむろに。しかし、ゲルドイは確信を持っているのか、はっきりとした口調でテミス達を見ながらそう告げた。
「この地はもう、貴女がたのような将来有望な方が居て良い場所ではありませぬ。今日はもう日が暮れてしまった……助けていただいた御礼に、家へ泊っていくとよい。じゃが……悪い事は言いませぬ、明朝の日が出る前に発たれると良い」
ゲルドイは悲し気な顔でそう言葉を続けると、大きく首を振ってがっくりとうなだれる。
年老いた身に加えられた暴行が余程堪えたのか、ゲルドイはどこか疲れ切った表情で顔を起こし、大きなため息の陰で呟きを漏らす。
「まさか……村人たちに襲われるとはのぅ……」
「…………」
「…………」
「…………」
その呟きに、テミス達は無言で視線を交わすと、小さく頷き合って意思を疎通する。
ここは既にヤマトの影響下にある。つまりは敵地だ。このゲルドイの言葉が全て罠の可能性もある。しかし、全てを恐れて遠ざけていては、得られる情報も得られない。
ならば、少なからず好意的であろうこのゲルドイから情報を入手すべきだろう。
「ゲルドイ殿。よろしければ、この村の……いや、ヤマトの今を教えてはもらえないだろうか?」
「フム……」
テミスがそう切り出すと、ゲルドイは一つ息を吐いてから、考え込むような素振りを取って顔を上げる。そして、じっとテミスの瞳を見つめた後、口元をフッと緩めて笑みを作った。
「お主……テミス……と言うたか。あの尋常ではない強さ……これは、儂の感じゃが……後ろの二人も相当できるのじゃろう?」
「っ……! ……あぁ」
そして、今までのソレとはがらりと口調を変え、ゲルドイはテミス達の事を探るように質問を返す。
しかし、テミスはピクリと眉を動かしただけで静かに頷き、あっさりとゲルドイの問いを肯定した。
「フゥ……。お主たちにも、何かしらの事情があるのじゃろうな……。じゃが、あえて何も聞くまい。命を救われた恩もあるしの。他でもないお主らが望むのならば、話して聞かせよう」
「……感謝する」
「ただし」
ぴしり。と。
僅かに頬を緩めたテミスの前に、ゲルドイは人差し指を立てて突き出してみせると、静かに言葉を続ける。
「儂の言葉を鵜呑みにしないで下され。老いたりとはいえ、これでも村長を務めていた身……こと情報の重要さに関してはこの老骨に染みて思い知っておる。ここ数年で、アルティア……ヤマトは様変わりした故、真実をお話しできる保証は無いのじゃ」
「無論だ。もとよりその腹積もり……今夜貴方が我々を拘束しに来る懸念もしていたくらいだ」
「ちょ――テミスさんっ!!」
ゲルドイの前置きにテミスが凶悪な笑みと共に言葉を返すと、話の流れを見守っていたミコトが焦ったように口を挟む。
しかし、当のゲルドイは気分を害した様子も無く、朗らかに笑い声をあげていた。
「フォッフォッフォッ……そうじゃ。それでよい。儂とてつい先ほど、信じていた村の住人に裏切られたばかりなのじゃ。それほどまでに、今のヤマトは殺伐としておる」
「クク……見れば解るさ……」
そんなゲルドイにテミスもまた不敵な笑みを浮かべて返し、小屋の中を賑やかな笑い声が満たした。
目の前の老人が謀り事に優れていたのなら話は変わってくるが、テミスの直感はゲルドイを敵に非ずと告げていた。
「さて……と。それではどこから語り始めたものかのぅ……。そうじゃな……今のヤマトを語るうえで、奴の……彼の事は外せんじゃろう。そう……あれはまだ、この町がヤマトではなくアルティアと呼ばれておった頃じゃった」
ゲルドイはそう前置きをすると、ゆっくりとした口調で語り始めたのだった。




