幕間 風雲急を告げる
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
テミス達が南方戦線へと旅立ってから数十日後。
十三軍団の主戦力であるテミス達が不在の為、町には厳戒令が布かれているものの、町の様子は平和そのものだった。
町の市場は活気に溢れ、町の住民やファントに滞在する旅人は、この戦乱の世の中で夢のように平穏なひと時を過ごしている。
しかしその片隅……人間領へ向いた大門で、緊迫感の籠った不穏な怒声が天を衝いた。
「どうして、私達が入場禁止なの? って聞いてるじゃない!! 私達だって、用も無くこの町に来ている訳じゃないのよ!?」
「いやそれは……解ってるんですが……ねぇ……我々も一応命令でして……」
「だから! あなた達の主に……テミスに取り次いでって言ってるの!」
「っ……。いやですから……」
陽光に翻るは黄金のようにきらめく金色の髪。
怒りに頬を染めたその少女は、魔王領であるファントでも名の知れるロンヴァルディアの騎士、フリーディアその人だった。
「その……俺とアンタの仲だ……アンタが悪い奴じゃねぇってのは解ってるけどよ……これはテミス様の命令なんだよ」
色めくフリーディアに対し、門を守るバニサスが困り果てた顔で繰り返す。
今、この町には十三軍団の主戦力は居ない。故に、町には厳戒令が布かれ、一部の人間の町への立ち入りが禁じられている。
その中にはもちろん、ロンヴァルディアの切り札・白翼騎士団を率いるフリーディアも含まれるわけで……。
勿論。バニサスとてフリーディアが憤る気持ちも理解できる。つい先日まで、顔パスで通行が許されていたというのに、今は突然理由も告げられずに締め出されているのだから、正当な憤りと言えるだろう。しかし、テミス率いる主戦力の不在を悟らせないための命令だからこそ、説明する事は許されず、ましてや町への立ち入りを許す事もできなかった。
「っ……。私だって……こんな事できたくないわよ……でもっ……」
ぎしり。と。
フリーディアは歯を食いしばると、悔しそうに拳を握り締める。
彼女にとっても、今回ばかりは退く事のできない、テミスを訪ねるだけの理由があった。
「わりぃけど、また出直して……って雰囲気でもねぇよなぁ……」
そんなフリーディアの剣幕を困ったように眺めながら、バニサスは力無く呟いて天を仰いだ。
この少女を追い返し始めて、いったい今日で何日目だろうか?
初日は、フリーディアは訝しみながらも素直に引き下がった。きっと、テミス様たちへの土産だったのだろう。去っていくその背に背負われた大きな鞄が、とても寂し気だったのをよく覚えている。
それから、フリーディアは毎日ファントを訪ねて来るようになり、遂には鞄を背負って来ることも無くなってしまった。
それどころか、日を重ねるごとにその可愛らしい顔からは余裕が消え、怒りと焦りにすり替わっていった。
「ハァ……怒られちまうかなぁ……こりゃ……」
目尻に涙すら溜め、不退転の構えを見せるフリーディアに、バニサスは小さくため息をついて呟いた。
バニサスとて、好きでフリーディアを追い返している訳ではないのだ。
フリーディアとテミスが仲良く酒席を囲んでいる光景は、自警団や十三軍団の中ではひそやかな人気があるし、バニサス自身もあの平穏で尊い光景は大好きで、時にはテミス達に誘われてその輪に加わる事だってあった。
剣ではなく杯を持ち、怒りや憎しみではなく溢れんばかりの笑顔をその顔に湛える少女たちの姿は、彼女たちの在るべき姿とまで思っている。
「ゴホンッ……あ~……何度も言うようだが、今お前さんを町へ通す事は出来ないし、この決定を変える事もできねぇ。加えて言うのなら、テミス様に会わせてやる事もできねぇんだ。察してくれ……」
視線を宙へと彷徨わせたまま、バニサスは小さな声でフリーディアへと告げる。
それは、バニサスができる最大限の譲歩だった。
頻度が少ないとはいえ、バニサスはテミスやフリーディアと気兼ねなく会話のできる、この町でも稀有な存在だ。故に、バニサスは公的な場を除いて、テミスの事を『テミス様』とは呼ばないし、テミスもまたそれを許している。
いわばバニサスのこの言葉は、フリーディアやテミスと酌み交わした事のあるバニサスだからこそ口にできる、規範の抜け穴的な暗号だった。
「っ――。……そう。居ないのね……テミスは……」
「さぁな……。執務室に籠っておられるだけかもしれん」
「……無事……なのよね……?」
「あぁ……たぶんな……」
俯いたフリーディアと、天を仰いだバニサスが、ぼそぼそと短く言葉を交わす。
天と地。視線の向いている方向こそ違えど、彼等が思い描いている人物は同じだった。
「もしかして……って。思ったんだけどね……準備してきてよかったわ」
フリーディアは音も無く口角を上げると、一目で無理をしているとわかる作り笑いを浮かべてバニサスを見上げて口を開いた。
「一つ……頼まれてくれるかしら?」
「…………おうよ」
「テミスに……これを……」
「あん……? 手紙……にしちゃぁ、随分分厚いが……」
バニサスはフリーディアから、最早紙束というに近い封書を受け取ると、困惑した顔で言葉の続きを促した。
すると、フリーディアは数瞬。言葉を呑み込むように喉を動かした後、微かに震える声できっぱりと告げた。
「あなたの手で。直接。何よりも早く渡して頂戴。寝てるのなら叩き起こしても構わないわ」
「っ――。承ったぜ」
「……お願いね」
フリーディアはバニサスがコクリと頷くのを確認すると、柔らかな笑みを浮かべて数歩退いた。
そして、クルリとファントの町へ背を向けると、ゆっくりとした足取りで立ち去っていく。
「っ……。おいッ! 嬢ちゃんッ!!」
「……何?」
「その……何度も通せんぼしといて何なんだが……大丈夫なのか……?」
「…………なら、テミスに伝えてくれるかしら。待ってるわ……って」
「っ~~~~…………!!!」
バニサスの問いにフリーディアは足を止めると、小首をかしげるような動きで振り返って口を開いた。
その表情は普段の彼女からは想像もつかない程に儚げで、悲壮な覚悟に満ち溢れていた。
「っ……持って行けよ」
「……?」
キラリ。と。
バニサスは懐をまさぐった後、黄金色に輝く何かをフリーディアへ投げ渡す。
「お守り代わりだ……嬢ちゃん達の酒飲み仲間として、貸してやる。退役した身だが、昔バルド様から頂いた俺の宝物だ」
「そん……。……いいえ、ありがとう。謹んで借りていくわね」
「……おう」
フリーディアは目を見開いて言葉を漏らしかけるが、即座に首を振った後、小さく頷いて礼を言う。
そして、今度こそバニサスに背を向けると、振り返る事無く来た道を戻っていった。
「っ……。急げよ……嬢ちゃんッ……!!」
小さく呟いたバニサスの言葉が、平和なファントの空へと消えていったのだった。




