404話 叶えられた望み
「やぁ、テミス。聞きたい事は山ほどあるけれど……まずは無事で良かった……と言わせてくれ」
「あぁ、ありがとう。ルカ。それで……現在の戦況は?」
数十分後。
渓谷を抜けたテミス達十三軍団は、予定通りそこで待っていたルカ達第六軍団と合流を果たしていた。
見た所、後方に配置された第六軍団は相当上手くやったらしく、部隊に損耗は見られない。
「まちまち……と言った所だね。敵の正面圧力は多少緩和されたものの、傾いた均衡を戻す事は出来なかった。結果として戦線は後退……総司令殿は怒り心頭だよ」
「ハッ……不思議なものだな? 最前線にて、更なる戦果を挙げろという命令は完璧にこなしたはずなのだが……?」
「フフッ……君ならそう言うと思ったよ。でも司令部では今頃、戦線後退の全責任を十三軍団の独断専行に擦り付けるべく奮闘してるはずさ」
涼しげな顔で状況を伝えるルカに、テミスは皮肉気な笑みと不遜な言葉を返す。だが、現実はそんな事を言っていられない程面倒な事になっているらしく、テミスは内心で舌打ちを打った。
「全く……馬鹿が権力を持つと厄介この上ない。いっそ切り捨ててその首を挿げ替えてやりたいくらいだ」
「あぁ……。できるんじゃないかな? 君なら……」
「何っ……?」
冗談交じりに苦笑したテミスの言葉に、ルカは微笑を浮かべて告げた。そして、懐から二通の封書を取り出すと、その片方をテミスへ向けて差し出した。
「ギルティア様からの勅命だ。先程、私の方へ直接届いてね」
「ホゥ……?」
テミスは、自らに宛てられた封書を乱雑に破くと、中身を取り出して素早く目を通す。
そこに記されていたのは、テミスが渇望して止まなかった一文だった。
「ッ……!! 帰還命令ッ……! 漸くかッッ!!」
「ああ。君の後任として、第五軍団……リョース殿が来てくれるらしい。ギルティア様の腹心たる彼ならば、タラウードにも良い薬になるだろう」
「あ~……その光景は、是非ともお目にかかりたくはあったな……」
生粋の武人気質であるリョースと、あの傲慢極まるタラウードはどう見たって反りが合うようには思えない。
加えて、今回のギルティアの裁定……。どうやら、ギルティアの奴はとことんまでタラウードなんて無能を使うつもりらしい。
「フフ……不服そうだな?」
「当り前だ。タラウードは言わば魔王軍を蝕む毒だ。あの様子だ……じきに反旗を翻しかねん」
「……だからこそ、君が送り込まれたのかもしれない」
吐き捨てるように述べたテミスを、ルカは目を細めて覗き込むと僅かに口角を緩めて言葉を続ける。
「君は以前、第二軍団の闇を暴き、誅したそうじゃないか。もしかしたら、ギルティア様はそんな君を以てタラウードを推し量ったのかもしれない」
「ハッ……買い被りだよ。ギルティアの奴がそんなに私に信を置いている訳が無い。それより、立ち話も何だ……一度戻らないか?」
しかし、テミスは首を振ってその言葉を否定すると、小さくため息をついてルカに提案をした。
ギルティアの心中など、今ここで考えていても仕方のない事だ。ならば、さっさと町に張った野営陣に戻って、明日の帰還に備えるのが有意義というものだろう。
「あ~……それなんだが……」
「……? 何かあったのか?」
だが、ルカは苦笑いを浮かべてその場から動かなかった。
それどころか、傍らの馬に背を預けてくつろいでいる始末だ。
「どうやら……タラウードの中では君達が玉砕した事になっているらしくてね」
「はぁっ……?」
あまりに飛躍した話の内容に、テミスは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
確かに、十三軍団は前線を破って敵陣の中へと消えた。その後、残った部隊が撤退をしたのならば、確かに生存は絶望的だろう。だが、早々に全滅扱いとは、あまりにも早計が過ぎるのではないだろうか?
「まぁ、手っ取り早く済ませたかったのだろう。死人に口なしとはよく言ったものだからね……」
「ほとほと呆れた奴だ……。だが参ったな……先頭に必要のない装備はほとんど野営陣に――」
「――ルカ様ッ!」
テミスがそう言いかけた途端、駆け寄ってきたティマイオスが一礼した後、何やらルカへ耳打ちをした。どうやら、私に明かす事のできない報告らしいが、口元が緩んでいる辺り悪い報告ではないのだろう。
「フム……なるほど。テミス……出立する前に少し付き合ってくれるかな? なに、すぐそこだ」
「……構わない。だが、そう意味深に問われると不安になるな……よもや、呼び出した先で君と戦う羽目になるのではあるまいな?」
「ハハッ……そのつもりなら、さっき渓谷で生き埋めにしてるよ」
ルカはテミスの牽制をさらりと受け流すと、笑いながら答えを返す。
確かにここまで来て、今更ルカを疑っても仕方が無いか……。
そう判断すると、テミスはルカの背に続いて歩を進める。その後ろには、いつの間にやら付き従っていたマグヌスとサキュド、そして深く外套を被ったミコトが同行していたのだった。




