402話 夕暮れの帰り道
「マグヌス。いつまでそうしているつもりだ?」
「ハッ……。申し訳ありません……」
「やれやれ……」
ミコトから改めてエルトニア軍の動きを聞いたテミス達は、歩調を緩めてゆったりと北へ行軍していた。
曰く。前線を強引に突破したテミス達十三軍団以外の部隊は早々に後退しており、エルトニア側としてもこの北へと伸びる渓谷へ追い込んだ時点で、追撃の重要度は下がったらしい。
「仕方がないですよマグヌスさん。トーマス先せ……大佐は、ただでさえ口が上手いんですから……。術式抜きでも軍上層部のお偉いさんを言いくるめちゃうくらい口達者ですし……」
「ムゥッ……」
その先頭を歩くテミスの傍らで、自らの失態に落ち込むマグヌスを、ミコトが苦笑いと共に慰めている。
食客であり、エルトニアの人間でもあるミコトに、魔族であるマグヌスが慰められているというのはなかなかに珍しい光景とも思えるが、テミスは隣を歩くサキュドの額に、深い皺が刻まれているのを見逃してはいなかった。
触らぬ神に祟り無し……。これは、マグヌスは早々に立て直さんと、面倒な事になるぞ……?
テミスは心の内でマグヌスに合掌すると、サキュドの怒りが自分へと飛び火するのを避けるべく黙殺する。
マグヌスには申し訳ないが、私も決して安全圏に居る訳ではないのだ。何故なら、サキュドはレオン達の部隊の中でも、何かとこのミコトを気にかけていたようだし、今回ミコトを食客に招き入れた事で、臍を曲げられてでもいたら非常に面倒くさい。
「それで……テミスさん。先程の話ですが……」
「ン……? ああ、そうだったな。つまり、我々は遊撃軍団……ある程度の独自裁量権は認められている」
改めてミコトに水を向けられ、テミスは彼に肩を並べると小さく頷いて口を開いた。
つい先ほどまで、改めてミコトの事情を聞くと同時に、南方方面の事情しか知らない彼にファント周辺の事情や、テミス達十三軍団の扱いについて説明をしていたのだ。
勿論。魔王にすら反旗を翻す事を赦されているなどと、馬鹿正直に全てを開示している訳ではないが。
「なるほど……特務と同じような扱いなのですね……。僕達には裁量権こそ認められてはいませんが、建前上は遊撃を目的として創設されたようですし……」
「エリートを集めた遊撃部隊かと思えば、その実、国家転覆を目論むトーマスの私兵だった……と。何と言うか……辛いな」
「えぇ……ですから、僕は今回の任務に結構本気なんです。レオン達はどう言うかわからないですけれど、僕としては寄る辺が魔王軍でもエルトニアでも、皆で楽しく過ごせればそれでいいですから」
「フッ……お前もなかなか口達者だな?」
朗らかにそう告げるミコトに、テミスは静かに頬を緩めて言葉を返す。
もしも、彼らほどの戦力を引き抜く事ができれば、十三軍団の戦力面はかなり整うと言えるだろう。
少なくとも、もう1~2個部隊を増設し、彼等が平穏な生活を望むのであれば、専守防衛戦力の任に当てても良い。
「そうなると……厄介なのはトーマスか……」
「……と、言うよりシャルロッテやレオン達かもしれません。シャルロッテはトーマス大佐の事が大好きですし、レオンはレオンでヘンに義理堅い……それに、ファルトだって……」
「フフ……解った解った」
饒舌に語り出したミコトをなだめながら、テミスは暮れ始めた空へのんびりと視線を移した。
この空想通りにいけば、それはさぞ素晴らしい事なのだろう。だがそれは、今ミコトが語った内容が全て真実だった場合だ。ミコトがエルトニアの尖兵でないという保証は無いし、現時点では怪しい動きこそないものの、このやけに取り入ろうとする感触は若干きな臭くも映る。
「まぁ……それはこれから見極めれば良いさ……」
ぼそり。と。
小さく零したテミスは、一抹の達成感と共に足を動かし続ける。
少なくとも、窮地は切り抜けたのだ。あとは、また前線へ放り込まれる前にさっさとこの南方戦線から立ち去るのみだ。
空の裂け目も次第に大きくなり、渓谷の出口が見えてきた頃だった。
既に国境は超え、魔王領に足を踏み入れている。作戦もほぼ全てが完了し、テミスを含む部隊全体の気が緩んでいたせいもあったのだろう。
それに気が付いた時には、既に手遅れだった。
「谷底を行軍中の部隊に告ぐ! 直ちに武装を解除して降伏せよ!! お前達は完全に包囲されているッッ!!」
「――っ!!!」
突如。切り立った崖の上から無数の魔法陣がテミス達へ向けて構えられ、凛とした声が響き渡ったのだった。




