36話 軍団長と冒険者と
部屋に案内されて一息ついたあと。テミス達は一人用に設えられた部屋で額を突き合わせていた。主人が気を使ったのか、テミス達にあてがわれた部屋は最上階の最奥の2部屋だ。
「…………軍団長殿。恐れながら……」
入り口の扉に背を向けたマグヌスが、直立不動のままで声を上げる。
「なんだ、マグヌス」
「サキュドと同室は控えられた方がよろしいかと……」
「ちょっと! マグヌス!」
控えめに告げられたマグヌスの進言は、サキュドの怒号によってかき消された。
だが、一体二人は何を言っているのだろうか。
「何を誤解している?」
「はっ?」 「えっ?」
テミスが首をかしげると、狭い客室の中に二人の声が木霊した。
「どんなにまかり間違ったとしても、私はサキュドと同衾などせんぞ?」
「いやいやいやいや! それは色々とマズいでしょう! テミス様! ってか地味にヒドくないっ!?」
「……何がだ?」
テミスのかしげた首が、更に横へと捻られる。参った。サキュドが焦っている意味が全く分からない。普通に考えて異性であるマグヌスと寝床を共にするなどあり得ないし、サキュドはなんだか身の危険を感じる。
「何がだって……マグヌスですよ?」
「いっ……いやっ! 私は床でも椅子ででも休めますので……」
「ああ、なんだ。そんな事か」
二人の反応を見てようやく理解して、傾けた首を戻してコクリと頷く。私とマグヌス達とではそもそもの前提が食い違っていたのだ。
「そんな事って……」
「簡単な話だ。ここに逗留するのはお前達だけだ」
「なっ……?」「はっ?」
本日二度目の疑問符が、客室を覆い尽くす。これはこれで面白い絵で、最近何かとからかわれる事の多い私としてはこのまま見ていたくもあるのだが、いかんせんこれでは話が進まない。
「お前達はこのままこの町に逗留し、町の様子や施設の詳細を探れ」
「テミス様は……どうされるので?」
「おいおい、私は人間だぞ? 行く所など決まっているだろう?」
目を丸くする二人に向かって、テミスはそう言うと大げさに肩をすくめてみせた。現地に来てみて改めて分かったが、この町の現状は人間である私が逗留するには少しばかり向いていない。まぁ、軍団長の肩書を持ち出せば別なのだろうが。
「まさかっ……」
「ああ。いっしゅ――7日ほどで戻る。定時連絡は遠隔通信術式を使え」
そう告げると、テミスはサキュドと共に腰掛けていたベッドから立ち上がると、マグヌスの横に立ってドアノブに手をかける。
ここ最近、軍団長なんて肩の凝る役職ばかりをやっていたのだ。そろそろ一介の冒険者としての生活を楽しんでも良い頃合いだろう。
「ああ、そうだ。私の荷物だが預かっておいてくれ。私はコレがあれば十分なのでな」
テミスはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべると、戸口で振り返って羽織った外套をつまみ上げ、そのまま廊下へと消えていった。
「テミス様っ! っ……っ~~……承知いたしました。お気をつけて」
その背中を、絞り出すようなマグヌスの声が見送ったのだった。




