400話 全てを賭けた願い
その行動は、とても理解できるものでは無かった。
行く当ても身寄りも無くこの世界へ放り出された転生者にとって、己が発現した能力は、最後の切り札にして唯一の寄る辺の筈だ。
つまり、その伏せられた切り札を明かすという事は、転生者にとって自らの命綱を差し出す事に等しい行為である。
少なくとも……テミスはそう考えていた。
……だというのに。
このミコトという少年は、上官であるトーマスの命令に従って、いとも簡単に切り札を差し出して見せたのだ。
しかもそれは同時に、ミコトと同じ転生者であるテミスの能力の一端をトーマスに探らせる事になる。
「彼等の扱う力には相応の意思が必要です。もしも実演が必要だと言うのでしたら――」
「――解った。ひとまず、この小僧がお前に操られていない事は信じよう」
テミスは、尚も言葉を続けようとするミコトを慌てて制すると、眼光鋭くギラリと睨みつけて黙らせた。
これ以上余計な事を喋られては堪ったものでは無い。
しかしそれは同時に、テミスがミコト達と同じ転生者であることを肯定し、その能力を探らせる事を拒絶した事実となってトーマスに伝わってしまう。
瞬時に突き付けられたこの二択は、どちらに転んでもテミスにとっては手痛い情報流出を伴う最悪の選択だった。
「フフ……信じていただけたのならば何よりですよ……」
「チッ……それで? 今更何を私達に求めるのだ? 私は軍団長とは言っても、自らの一存でエルトニアとの状況を変えられるほどの権限は無いぞ?」
「フン……エルトニアなど……」
しかし、確認の意を込めて問いかけたテミスの言葉に、トーマスは笑顔の仮面をかなぐり捨てて吐き捨てるように呟いた。
それは、テミスを信じさせる為の意図こそあれど、偽る事の無いトーマスの本心でもあった。
「我々はエルトニアの事等どうでもいい。否……むしろ、エルトニアが滅びる事を願っている」
「…………」
トーマスはいつも浮かべていた笑顔を捨て、糸のように細められていた柔和な目を開くと、低い声で言葉を続ける。
「我々が貴女に求めるのは、我々への協力と保証。その対価としてエルトニアの情報をお伝えしましょう」
「トーマス……お前、本当に交渉する気があるのか? 内容が抽象的過ぎる。私達十三軍団がお前たちの何を保証し、何に協力するのか……まずはそこを明確にしろ」
そんなトーマスの豹変を黙殺し、テミスは鼻を鳴らして切り捨てた。
そもそも、対価を聞いた瞬間にテミスはこの交渉をいかに波風立たせずに拒絶するかを考えていた。何故なら、本来は南方軍の所属ではない十三軍団にとって、この交渉が有意義になるとは考え難い。
「フフ……これは失礼。ではまず……我々の目的からお話ししましょうか」
「お前達の目的……だと?」
「えぇ。我々の目的はエルトニアの崩壊と保身です。少なくとも、エルトニアの崩壊はあなた方との利害は一致するかと思いますが?」
「興味無いな。エルトニアがどうなろうと、私にはどうでも良い事だ」
「…………」
テミスはトーマスの問いに即答し、息を吐いて腕を組んで見せる。
だが事実として、テミスは近々この南方戦線から去る予定だ。この戦線に留まるルカや魔王軍を預かるギルティアならばいざ知らず、トーマスが差し出す対価が無価値な以上この交渉自体が無意味なのだ。
「……では、こうしましょうか。ミコト君?」
「……。はい……」
「っ――!!」
取り付く島もないテミスの対応に察しを付けたのか、トーマスはつまらなさそうに表情を消して、チラリとミコトに顔を向ける。
すると、深刻な顔でコクリと頷いたミコトが、ゆっくりとテミス達へ向けて歩み寄り始めた。
「近付くな」
「…………」
即座に背中に背負った大剣の柄に手をかけたテミスが警告を発し、ミコトはそれに従って足を止める。そして、テミスとトーマスの間で佇んだミコトは、両手を挙げて困ったような笑みを浮かべて口を開く。
「あの……テミスさん」
「何だ?」
「僕を……連れて行ってくれませんか?」
「なに……?」
深い愁いと覚悟を帯びた声でミコトはそう告げると、テミスが止める間もなく腰の剣帯を外し、鞘ごと足元にガンブレードを落とす。
直後。ミコトの武装解除を確認したトーマスはニヤリと口角を上げ、その背に向かって静かに告げた。
「ミコト・クラウチ少佐。この場で君に極秘任務を発令します。魔王軍第十三軍団長テミス旗下、第十三軍団が、我等特務小隊に利する存在か否かの調査をお願いします。期間は無期限です」
「任務……受領しました」
呆気にとられるテミス達を尻目に、ミコトはトーマスに向けて敬礼をした後、再びテミス達の方へと体を向けた。
その顔は、単身で生贄の如く敵地へ差し出される身だというのに、どこか清々しさすら感じる笑みを浮かべていた。
「……。公然スパイという訳か……そんなもの、私が受け入れるとでも?」
「いいえ。違いますテミスさん。僕はスパイじゃない……。僕達はただ、この世界で皆で笑って過ごせればそれで良いんです」
「――っ!!」
笑顔でそう告げたミコトの言葉に、テミスは目を見開いて驚きを露にする。
何故なら、その言葉は既に破綻しているからだ。
仲間達と笑って過ごしたいのならば、彼はエルトニアに残るべきだ。だが、ミコトはそれでも尚テミス達と共に行く事を希望しているというのだ。
「……テミスさん。僕には選択肢は無かった……。こうするしか、方法が無かったんです」
「…………。チッ……好きにしろ」
結局。テミスはミコトの縋るような視線に折れ、その同行を許可した。それに、この場で言い淀んだその懇願の理由も気にかかる。
「フフ……では、何かありましたらミコトを通じて連絡をして下さい。こちらからの連絡も彼を通します」
「フン……。いけ好かん奴め。その時、私が協力するとは限らんぞ?」
「しますよ……。貴女は必ず……」
トーマスは笑顔と共にそうテミスへ語り掛けると、ミコトと共に意味深な言葉と笑みを残して立ち去っていったのだった。




