394話 敵の敵は……
奴等の弾丸を受けた事に、後悔は無かった。
シャルロッテの唱えた呪文は、あの世界で描かれていた万物を回復させる回復魔法だ。
例え、それが罠だったとしても。
レオン達と戦う余力の無い私が、選び得る最善手であったのは間違いない。
――けれど。
「テミス様ッ!! ――何故ッ!!」
「テミス様ッ! テミス様ぁッ!」
こうして、撃たれた衝撃で倒れた私に縋る部下たちの姿を見ると、この選択が間違いであったようにも思える。
彼等と共にレオン達へ挑み、魔王軍第十三独立遊撃軍団の軍団長としての責務を果たす事が正道だったのではないか……。ともすれば、まるで物語の中の主人公のように、勝ち得ぬ戦いに勝利できる奇跡が起きるかもしれない。
「…………フン」
「ッ――!!」
「っ!?」
だが、そんな夢物語に酔い、忖度する理由は無い。
テミスは、己が内側に湧き上がった感情を一笑に伏すと、自分の身を案じて縋るサキュドとマグヌスを押し退けてゆっくりと体を起こす。
彼等の放った『メッセージ』通り、テミスの身を蝕んでいた技による消耗は全快していた。
「……それで? どういうつもりだ?」
「さぁな……俺にもわからない」
地面に座った体勢で、テミスがレオンを見上げて問いかける。しかし、レオンは不敵な笑みのまま表情を崩さず、ただ短く答えを返しただけだった。
「…………」
何が正解だ? 何を狙っている?
レオン達の探るような視線を受け止めながら、テミスは彼等の真意を予測すべく思考を回す。
少なくとも奴等には、無条件で私達と戦闘を開始する意思は無い。
ならば、私を治した意味は何だ? 何故、奴等が私の消耗を認知している?
寄せては返す波のように、様々な疑問がテミスの思考を支配し、疑問符ばかりを投げかけて来る。
故に。辛うじてテミスが返せたのは、たった一つの短い問いだけだった。
「お前達は……敵か? 味方か?」
「さぁな」
「っ――!!」
その問いに、レオンが薄い笑みと共に進み出て答えを紡ぐ。
だがそのたった一言の答えが、テミスの意思を固めさせた。
「何が望みだ?」
ゆらりと立ち上がりながら、すました顔でレオンへ問いかける。
彼等と私の間には、私の不調を治す義理も、ましてや無償の善意が成立するような友情など存在しない。ならば、赤の他人であり、敵国に所属する彼等が私を治療する理由など、交渉の一手でしか無いだろう。
「ケッ……そこはもちっと、俺達の無償の善意とか隣人愛を期待すべき所だろーがよ」
「ほぅ? 初耳だな? 我々の間にそんな殊勝なものが存在するなど、思いもよらなかった」
「……。フッ……ファルト。そんな甘いヤツならここには居ないさ」
「っ……!」
互いにけん制するように言葉を交わすファルトとテミスに、耳に手を当てたレオンがニヤリと表情を変えて割って入る。
その視線には、同情にも似た光が混ざっており、その含みがテミスの神経を逆撫でした。
「魔王軍の前線部隊は、完全に撤退戦を始めたらしい。……見捨てられたな?」
「ハッ……他の軍団の連中の事など知った事か。ここまで来たのだ……お前たちを突破して、エルトニア本国を落としてやればいい」
「コイツっ……!!」
レオンの挑発をテミスが受け流し、返す言葉で彼等を煽り立てる。すると、即座にそれに反応したファルトの手が、腰のガンブレードへと閃いた。
同時に、テミスの側近であるサキュドとマグヌスも即応する。
手にした武器に魔力を込めて構えを取り、臨戦態勢を整えた。
――だが。
「「待て」」
双方の指揮官の声が重なり、互いの部下が逸るのを制止する。
その時点でレオンが匂わせていた、『場合によってはお前たちを始末する』というブラフと、テミスが張り巡らせていた『エルトニア本国を攻め落としてやる』という虚勢が無へと帰す。
「クク……直情型の猪が居ると苦労するな?」
「何ィッ!? どういう意味だッ!」
「ハァ……全くだ。だが、それはお互い様だろう。忠義が厚すぎるのも問題だな?」
「っ――!」
「申し訳……ありませんっ……!」
テミスがファルトを、レオンがサキュドとマグヌスを一瞥しながら皮肉を交換し、互いの部下がそれぞれの反応を示す。
しかし、テミスもレオンも彼等の行いを気にする様子も無く、不敵な笑みを湛えたままゆっくりと互いに歩み寄った。
「気にするなマグヌス、サキュド。話が早いのは良い事だ」
「フッ……同感だな。こちらの要求はただ一つ、俺達の指揮官と秘密裏に会談の場を設けたい」
「フム……。エルトニアまで赴けと?」
「いや、その必要は無い。この会談に了承するか否か、その答えだけで良い」
「是非も無い……良いだろう。だが、その先の保証はしかねるがな」
「フッ……慎重だな」
テミスの答えにレオンは頬を緩めると、右手を差し出して握手を求める。それに応じたテミスがその手を掴み、交渉の成立が示される。
その時。遠くから低い地鳴りのような音と共に、大量の馬が疾駆する音がテミスたちの元へ届いた。
「おや……思ったより早いな?」
「それだけ、お前たちが恨みを買ったんだろ」
その音にテミスがピクリと眉を動かすと、レオンは呆れたようにそう告げた後、まるで十三軍団に道を譲るように仲間と共に横へと立ち位置をずらす。
そして、小さく笑みを浮かべてガンブレードを抜き放つと、片目を閉じて問いかけたのだった。
「お帰りはどちらへ? 俺達がお送りしよう」




