393話 三度目の邂逅
「テミス様ッ!! 前線に動きがっ!! 友軍部隊が次々に撤退していきます!」
「――来たかっ!」
破竹の勢いで南下を続ける十三軍団の中心から、報告の声が上がったのはそれから数十分後の事だった。
その間にも、部隊は目標に向けて突き進み続け、テミスはその先頭で百を超えるエルトニアの兵達を斬り裂いてきた。
「チィ……だが、予測よりも随分と早いな……」
予測では、最前線の十三軍団が抜けたとしても、あと数刻は持ち堪えるだろうと踏んでいたのだが……。どうやら南方へ派兵された軍団には、全体意識という物が完膚なきまでに欠落しているらしい。
このままでは、我々十三軍団軍団が斬り拓いた『穴』は塞がれ、敵の只中に孤立する事になる。
「だが……今更引き返した所でッ……!!」
テミスは僅かに歯噛みをすると、食いしばった歯の隙間から呟きを漏らした。
部隊は既に敵後衛をも食い破り、更にその奥深く、彼等の守るべき町であるエルトニアに迫る勢いで前進中だ。ここまで敵陣深く切り込んでしまっては、来た道を引き返す方がよっぽど危険度は高い。
ならば予定通り、あと少しだけこのまま進んで敵の気を逸らした所で、一気に峡谷地帯まで逃げ込むのがベストだろう。
「構わんッ! このまま突き進むぞッ!」
「ハッ!」
「フン……そうも好き勝手にさせると思うのか?」
「――ッ!? クッ……!」
そう判断したテミスが、鋭く部隊に指示を下した瞬間。
不敵な声と共に、テミス達の前方にそびえる大岩の影から、一筋の光の槍がテミスへ向けて放たれた。
その槍は空気を切り裂いて突き進み、その穂先がテミスの喉元へと到達する。
だが。
「――舐めた真似をッ!!」
バヂィッ!! と。
紫電が弾けるような音と共に紅の残滓が閃いて、光の槍の切先がテミスの喉を裂く前に弾き散らす。
「アタシ達を飛び越えてテミス様を直接狙うなんて……随分と命知らずな真似をするじゃない?」
紅槍を携えたサキュドは獰猛な笑みを口元に浮かべて槍を構え、光の槍が飛来した大岩の影を見据えて口を開いた。
その隣では、既に臨戦態勢に入ったマグヌスが、腰の太刀を抜き放って大上段に構えている。
「フン……将を射んと欲すれば先ず馬を射よ……か?」
その声に応えるように、ゆっくりと足音を響かせながら、レオン達特務小隊の面々が、大岩の影から姿を現した。
「三度目だな……こうして会うのは……」
そして、その先頭に立つレオンは抜き放ったガンブレードを肩に担ぎ、悠然とした口調でテミスに水を向ける。
しかし、その視線の先にあったのは、レオン達とは対照的に、深く眉根を寄せて厳しい表情を浮かべたテミスの顔だった。
「どうした? そんな難しい顔をして……」
「ヘッ……皆まで言わせんなよ、レオン。解せねぇんだろうぜ? なんで、俺達みたいな実力者がこんな後方に居るのかってな……。よもや――」
「――ファルトッ!!」
「……っと。あぶねぇあぶねぇ。解ったっつのシャルロッテサン? そんな怒ってっとシワが増えるぜ?」
「あのねぇっ……!!!」
渋い顔でテミスが見つめる前で、ファルト達はまるでコントでも繰り広げるかのように緊張感の無いやり取りを交わしていた。彼等の武器たるガンブレードも、先陣を切ったレオン以外は腰に収めたままだった。
それに、何よりも奇妙なのは、攻撃を加えられこそしたが、彼等からは以前のように燃えるような殺気を感じられないのだ。
「…………」
――何かの罠か? それとも、情報が漏れていた? いや……それならば、彼等だけが現れるのもおかしな話だ……。
その様子を油断なく眺めながら、テミスは高速で思考を巡らせる。
だが、あらゆる可能性を鑑みた所で、彼等がここに現れた明確な理由などわかるはずも無く、結局は一つの問題へと帰結した。
「何が……目的だ?」
静かに。そして慎重に。
テミスは注意深く身構えながら、レオンへと問いかけた。
未だに、彼等と戦えるほどの体力は戻っていない。そもそも、彼等のような戦力がこんなところに居ること自体が想定外なのだ。少なくとも、エルトニアには彼等のような戦力を遊ばせておくほどの余裕はない筈……。
「さぁな……。答える義務は無い」
「…………」
ニヤリ。と。
レオンは問いかけたテミスへ不敵な笑みを向けると、まるで意趣返しでもしているかのように挑発的な口調で言葉を返した。その対話を拒否した態度は、即座に戦闘へと発展しかねないものだった。
だというのに。
レオンと共に立つ彼の仲間達は、誰一人として武器に触れすらせず、ただ此方の様子を窺うように視線を向けて来るだけだった。
「まぁ良い……。シャルロッテ」
「っ……! うん……」
一触触発の空気の中。小さく微笑んだレオンが名を呼ぶと、傍らに控えていたシャルロッテが静かに前へと歩み出る。
そして、その腰に提げられたガンブレードを抜き放って撃鉄を起こした。
「ッ――! テミス様ッ!!」
「……待て」
「っ……!!?」
即座に、武器が構えられるのを見たマグヌスとサキュドがテミスを背に庇い、シャルロッテへ向けて武器を構える。
だが、テミスは静かに目を細めると、彼等が放とうとしていた攻撃を止めた。
「ッ……。慈愛の精霊よ。その温かな恵みにて我等を癒し給え。そのたおやかなる息吹に安らぎを」
「クッ……!!」
「テミス様ッ!!」
そんな彼等の前で、シャルロッテはまるで見せつけるように詠唱を紡ぐと、そのガンブレードの切っ先をテミスへと向けた。
同時にマグヌス達は、テミスをその切っ先から庇うようにその身を滑り込ませる。しかし、それを阻むように。テミスはマグヌス達を押し退けて数歩進み出ると、小さく微笑んで立ち止まった。
「……貴女なら。解る筈です」
「あぁ……」
「何を――ッ!?」
一陣の風が吹き抜ける中、二人の少女が意味深に言葉を交わす。
直後。耐えかねて開かれたマグヌスの言葉が紡がれる前に。一発の銃声が鳴り響いたのだった。




