391話 天を裂く絶刀
翌日明朝。
暢気に空を雲が漂う下で、テミス率いる魔王軍第十三独立遊撃軍団は、エルトニア戦線の中央は最前線に位置する場所に部隊を展開していた。
眼前には、既に防御陣形を整えたエルトニアの兵士たちが待ち構えており、戦場には一触触発といったピリピリした空気が充満している。
「……テミス様。第一陣・二陣共に準備完了。いつでも仕掛けられます」
「ククッ……」
そんな、緊張した空気の漂う中、槍の穂先のような極端に鋭い魚鱗陣形を成した十三軍団の先頭で、テミスはマグヌスから報告を受けるとニンマリと頬を歪めて狂笑を浮かべる。
全ての準備は整った。南方戦線が後退する理由も突き止めたし、この戦いを切り抜ければ、私は晴れてファントへ戻る事が許されるだろう。
なればこそ、こんな所で立ち止まっている暇など無いのだッ!!
「…………」
スラリ……。と。
テミスは微かに金属が擦れる音を響かせながら、その背に背負った大剣を抜いて高々と空へ掲げた。
この作戦において、最も重要なのは迅さだ。
いかに早く敵の前線を食い破り、その内側へと突き進むか……。その成功率を大きく左右するのは、この初撃であると言って過言ではない。
「マグヌス。全隊に通達。我に続け」
「ハッ!」
「くふッ……!」
テミスが静かにそう告げると、すぐ右後ろに控えたマグヌスは短く返事を返し、左後ろからはサキュドの熱っぽい吐息と共に、彼女の槍が空を切る音が聞こえてくる。
――頃合いだな。
もう待ったは効かない。
成功すれば輝かしい武功となり、失敗すれば自己の力を過大評価した愚か者としてこの名を残す事になる。空前絶後の大博打……前方への撤退戦が幕を開ける。
「彼方。其の剣は天を別ち、大地を両断した。御業は轟き神話となりて、今再び我が掌へと顕現せん。放つは力。穿つは理。その名は……」
静かにテミスが詠唱を紡ぐと同時に、その掲げた大剣に景色が歪むほどのエネルギーが凝縮されていく。
次第に収束した力が暴風となって周囲へと漏れ出し、限界まで溜め込まれた力は掲げた大剣を目視できない程に眩く発光する。
そして。
「……アルパジタ」
テミスは小さくその名を呼び、大剣を振り下ろした。
刹那。
音と景色が置き去りにされ、全てを白く塗り潰さんほどの極光と、耳をつんざく轟音が周囲へと叩き付けられた。
やがて、永遠にも思えた暴風と轟音が過ぎ去り、次第に全員の視界が戻ってくる。
「なっ……」
ゆっくりと戻ってくる視界の中で、最も度肝を抜かれたのはテミスの後ろに並ぶマグヌスをはじめとする十三軍団の面々だった。
晴れた景色の中。まず初めに目に入ったのは両断された薄雲だった。
まるで、天にも届く程の巨大な剣で切り払われたかのように、真っ二つに切り裂かれた薄雲が、澄み渡るような青空に無残に漂っている。
次に認識できたのは、テミスが斬り下ろした剣の先。そこから一直線に、底が見えぬほどに深々と走る巨大な亀裂が、前方へ向けて走っている。
そして、その先には……。
立ち並んでいた筈のエルトニアの軍勢は消滅し、まるで切り揃えられたかのように平坦な大地だけが広がっていた。
「テ……テミス……様……」
ごくり。と。
マグヌスは畏れと驚愕で干からびた喉をこじ開け、掠れた声でテミスの名を呼んだ。
正体こそわからぬものの、これほど強力な技をテミスが使う所を、マグヌスは一度も見たことが無かった。
故に、この技はそれほどにまで巨大な代償を支払うモノであることは明白で、それを証明するかの如く、眼前に立つはずのテミスからは一切の気配が感じられなかった。
しかし、そんな心配もつかの間。剣を振り下ろした格好のままピクリとも動かぬテミスは、一瞬だけフラリとその状態を傾がせると、閉じていた瞼を開けてマグヌスを振り返る。
「……いかんな。やり過ぎた」
「テミス様……」
後頭部を掻き、眉尻を落として呟くテミスに、マグヌスは心の底から胸を撫で下ろす。
同時に、未だ希薄なその気配を察すると、主に変わって咆哮を上げる。
「全軍! 突撃ッッ!! テミス様に続けェェッ!!」
「フッ……」
マグヌスの咆哮が放たれると、テミスは小さく笑みを零すと、引き摺るような格好で剣を持ち上げて先頭を駆け出した。
一泊遅れて、マグヌスの咆哮に呼応した十三軍団の兵士たちが、一斉に雄たけびを上げてテミスの小さな背を追って走り出す。
「ククク……全く。得難い連中だ……」
最前線を駆けながら、テミスはそんな部下達へチラリと目を向け、小さな声で呟いたのだった。




