386話 愚かな司令官へ贈る鎮魂歌
「さて……一応、私達の用事は済んだ訳だが……」
呆れ笑いを浮かべたまま、ルカはテミスへそう告げると副官達の前へゆっくりと歩を進めた。その濁した言葉の最後には、まるでこの先起こる事を予見しているかのように、仄かな同情が込められていた。
「フン……無論だ。丁度、問い質さねばならない事も増えた訳だしな。行く先は決まっている」
「やれやれ……そう言うと思った。ならば、私も同行しよう」
「なに……?」
ルカは微笑を浮かべてテミスへそう告げ、その隣へ肩を並べる。そしてその後ろには、無言で三人のルカの副官達が付き従った。
「止めておけ……。今度こそ、話し合いで済まんかもしれん」
しかし、テミスは小さくかぶりを振って、ルカたちを拒絶するように数歩進んで彼等と向き合う。
これから私は、タラウードの奴へ怒鳴り込みに行くのだ。敵の真なる戦力を伏せ、無茶な作戦を立てた事。身勝手に前線を維持していた軍を退かせ、先行していた十三軍団を窮地に追い込んだ事。そのせいでマグヌスとサキュドが傷付き、倒れた上に屈辱的な撤退を味あわされた事。
これらは全て、奴の責任だ。
得た地位に胡坐をかき、真実を見ず傲慢な指揮を執ったタラウードの罪だ。
ならば十三軍団を預かる私には、その不条理に抗う義務があるのだ。
だが、ここまでの事をしでかしてくれた奴が素直に非を求めるとも思えない。
最悪の場合、力を以て道理という物を叩きこんでやることになるだろう。そんな私闘に、ルカを巻き込む気にはなれない。
「フフ……別に、君の許可を求めている訳ではない。私はいつだって、自分が正しいと思った方に付いているだけさ」
けれど、不敵な笑みを浮かべたルカは首を振ってテミスの横へ歩み寄ると、その肩に手を置いて答えを告げた。
それはつまり、南方におけるタラウードとの確執においてテミスの側に付くという事を意味している。奴の性格を考えれば、それはルカにとって損にしかならない事だ。
「っ……。どうなっても知らんぞ?」
「応とも。まぁ、私は比較的楽観的だがね。話し合いで落ち着かなかった時は、露払いをさせてもらおう」
だが、言葉に含まれた真意を察したテミスは、即座に答えを返してルカと並び歩く。ルカにもきっと、タラウードには何かしら思う所があるのだろう。ならば、これ以上言葉を重ねるのは野暮という物だった。
「ククッ……鬼が出るか蛇が出るか……」
肩を並べて歩を進めた一行が司令部の建物へと辿り着くと、テミスは凶悪な笑みを浮かべてその扉に手をかけて呟いた。
直後。グルリと腰を捻って勢いを付け、破城槌の如く建物の扉を蹴り破った。
ドガァンッ!! とけたたましい音が鳴り響き、テミスの蹴りを叩きこまれた大きな扉が内側へと吹き飛ぶ。同時に、テミスは大きく息を吸い込んで、町中に響き渡る程の怒号を吠え猛る。
「タラウードは居るかッッ!! 此度の始末、どう付けてくれるッッッ!!!」
テミスはそのままズンズンと敷居を跨ぎ、肩を怒らせて中へと足を踏み入れた。
するとそこには、怒り上気した赤ら顔のタラウードが、憤怒の表情を浮かべて彼の副官達の背に庇われていた。
「ホッホ……これはまた生きの良い……」
「…………」
そして、部屋の片隅。大きな作戦卓の傍らでは、軍団長らしき魔族が、一人は面白そうに、一人は冷淡に、自らの副官と共にその光景を眺めている。
「テミス……貴様ァ……ッッ!! よくぞこうも大それた真似を――」
「――大それた真似はどちらだ下郎ッッ!! 私怨に駆られた部隊運用に意図的な情報封鎖。それは、魔王ギルティアへの反逆と捉えて構わないなッ!?」
しかし、脇で眺めている者達が例え何者であろうとも、テミスの眼中には無い。
その怒りに燃える瞳は、睨み殺してやると言わんばかりにタラウードへ注がれ続け、震える右手は今にも背負った剣の柄へと閃かんと半開きになっていた。
「何を戯けた事をッ!! 貴様こそ、報告はどうしたッ! 尻尾を巻いて逃げ帰っておいて、よもや何の成果も得られなかったとは言うまいなァッ!?」
ドゴォッ! と。
テミスの怒りに触発されたのか、タラウードもその巨大な拳を作戦卓へ叩き付けて怒声を上げる。
直後。
「待――ッ!?」
テミスはルカの制止を無視して背負った大剣を抜き放ち、自らの前へ突き立てると、蝋燭が溶けたような凶悪な笑みを浮かべ、静かに言葉を返した。
「貴様の茶々が無ければ、今頃攻め墜とせていたのだがな」
「ぐむゥッ――!?」
その不遜な態度に、タラウードは一瞬鼻白む。
テミスの言った事はあまりにも大言壮語だった。だが事実として、テミスの部隊は異常なまでの戦力を戦果として見せつけていた。
故に、可能性が存在するからこそ、タラウードは口を噤む事しかできなかった。
「ホッホッ……。下らぬネズミと聞いておったのだがその実……獅子の類だったようじゃな……? タラウード殿?」
緊張感のみが高まり、沈黙が支配した中。傍らで様子を眺めていた老人の声が朗らかに響き渡る。その声は決着の合図であり、怒りと恥辱に悶えるタラウードの瞳が凶悪に微笑むテミスの目を捕らえる。
そして、ギリギリと歯が軋む音を立てながらゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「ッ…………。南方軍総司令として……謝罪しようッ……。我々の不手際により情報の伝達に不備が生じ、貴隊に損害が出た事をッ……!」
「フゥン……?」
「並びにッ……このような事が二度と起こらぬように全力を尽くす……事を誓うッ!! ……っ~~~~!!!!」
煮えたぎる怒りと屈辱を押し込めて、口上を述べるタラウードをテミスはただ、意地の悪い凶悪な笑みを浮かべて悠然と眺めていた。
その眼前で、タラウードはひと際大きく身震いをすると、全身を震わせながらテミスへ頭を下げて謝罪の口上を締めくくる。
「褒章や補填は必ずッ……。だからッ……十三軍団には引き続き南方軍への助力を頼みたいッッッ!!!」
「ククッ……考えておこう」
他者の眼前で、人間に頭を下げ謝罪し助力を乞う。おそらくこれは、タラウードにとって最大級の屈辱だろう。その証拠に、全身を上気させたタラウードは、今にも爆発しそうなほどにその身を震わせていた。
だからこそ。テミスは喉を鳴らして嘲笑を浮かべると、悠然とそう言い放ちながら剣を収め、その身を翻したのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




