383話 善と悪の狭間
――奴等は同じだ。
サキュドとマグヌスに前戦を任せたテミスは、剣戟の音を聞きながら静かに目を閉じると、自らの心の内へゆっくりと潜っていった。
連中の戦力は未知数だ。
個々の力は小さいくせに、仲間のそれと合わさる事で、その戦力は際限なく強くなっていく。
私はその力の正体を知っているし、恐らくマグヌス達では敵わぬだろうと理解している。
だがそれでも。今ここで奴等を……レオン達を斬るのならば、私も相応の覚悟を決めなければならないだろう。
――本当に良いのか?
――黙れッ!!
心の奥底から問いかける声に対し、テミスは怒鳴り声をあげるとさらに深くへと意識を集中させていく。
次第にマグヌス達の戦う剣劇の音すら薄れ、クリアな思考だけが揺蕩う世界へとテミスの意識は到達した。
――ここで、見つけなければ……。
――都合の良い嘘をか?
――っ!?
先程よりひと際大きくなった声に、テミスは眉を跳ねさせて息を呑んだ。
だが、そんな事はお構いなしに、無粋な声はズケズケと言葉を重ねた。
――それは、お前が求めてはならない物だ。
――私が求めるのは覚悟だ。未だ悪ではない、悪となり得る者でしかない奴等を殺す為の……。
――それを詭弁と云うのだ。他でもないお前ならわかるだろう?
――ッ……。
テミスは頭を振って声を振り払い、静かに言葉を続ける声を無視して思考を開始した。
以前、戦場で出会った連中の心はバラバラだった。聞き覚えの良い言葉に陶酔し、それぞれの思った理想を追い求める烏合の衆に過ぎなかった。
その証拠に、奴等は少し突いただけでバラバラに別れ、しまいには我々に保護を求める者まで出す始末だった。
故に。私は連中を行かせたのだ。
下らない戦争になど関わらず、一人の人間として生きる事を願って。
しかし、彼等は戦う理由を見つけてしまったらしい。私が悪を憎んで正義を為すように、魂を賭けたとて譲れない理由を。
――だから何だというのだ。彼等は倒すべき悪徳なのか?
テミスの思考に沿うように、奥底から響く声は問いを投げかけ続ける。だが、無視を決め込んだテミスに、その言葉が届く事は無かった。
ならば、殺すしかない。
彼等はいずれ、自分たちの為に他者を虐げる。そしてその時に被害を受けるのは、間違いなく彼等の周りの力無き人々だ。
仮に彼等が、今は善良な人間だとしても。その時が来ればカズトと変わらぬ暴虐の輩へと姿を変える。
――その時とはいつだ? 今はまだ善人であるのなら、お前が導けば良い。道を踏み外さないように……決して間違えないように。
そうだ。敵として私の前に立ちはだかるのなら、容赦をする必要は無い。
いずれ産み落とされる罪過の種が芽吹かぬうちに刈り取るだけ。
そもそも、連中は敵国の人間なのだ。強力な戦力となった連中を放置すれば、いずれは我々の平穏をも脅かす。それを防ぐためには、我々は永遠にこの醜悪な南部戦線に留まり続けなければならない。
これは二者択一なのだ。
私達が勝ち取った平穏な生活を守る事を選ぶか、連中の望みを叶えるか。
二つに一つしか無い。
――違うッッ!! そんなモノは理由にならない事が何故解らないッ!! その理不尽な選択こそが……お前が抗い続けてきたものでは無いのかッッ!!?
――ハンッ……。
最初の静けさは何処へかなぐり捨てたのやら。必死な叫びとなった『声』に、テミスは嘲るような笑みを零す。
こいつはいったい何を言っている?
私は常に、他者を理不尽に虐げる悪逆に抗ってきた。
誰かの悲しみを、苦しみを糧に享楽を貪る者こそを打ち滅ぼす為に。
なれば、この目の前の悪徳の種こそ、芽吹く前に摘み取るべきなのだッ!!
「…………」
そう結論付けた瞬間。
テミスは自らの心が、どこか軽くなったように思えた。思考はクリアに冴えわたり、体の内から満ち溢れるように力が湧き出て来る。
「聞こえているのか!? 剣を捨てろと言っているッ!!」
「…………」
苛立ちの混ざったレオンの声が響くが、テミスはそれを黙殺して能力をイメージする。
今までの技は使えない。月光斬をはじめとする私の技は借り物だ。あの世界で生み出された技である以上、そう言った類のモノをよく知るらしい彼等には読まれる可能性がある。
ならば創ろう。私だけの技を。
正義を果たす為、悪逆を切り裂く私の技を。
まずは武器……大剣では駄目だ。力ばかりで届かない。これでは、目に映る悪を全て、打ち滅ぼす事は出来ないだろう。
「ククッ……」
嗤い声を漏らし、テミスは能力を発動させた。
直後。湧き出る力は奔流となって具現化し、テミスは自らの能力が正確に発動したことを理解する。
ああ、これならば十分だろう。奴等を屠るのに相応しい力だ。
「マグヌス、サキュド。時間稼ぎご苦労だった。お陰で存分に振るえそうだ」
テミスはそう確信すると、唇を吊り上げて静かにそう告げたのだった。




