382話 勝利の礎
「フン……勝負あったな」
ジャキィンッ! と。
レオンは素早く姿勢を正すと、倒れ伏すマグヌス達に歩み寄りながら空になった薬莢を排出する。
同時に、取り出した銃弾をガンブレードに込め、丁度マグヌス達の傍らへ辿り着いた所でバチンと音を立てて装填を完了させた。
いわばこれは、レオンなりの勝利宣言だった。
ガンブレードに弾薬が装填されていなければ、魔法は使えない。ならば、その無防備な状態をあえて相手に見せつけながら近寄る事で、敵の戦意の確認を終えたのだ。
「ウッ……グッ……フ……フフッ……おめでたいわね」
しかし。
激しく傷ついた体を地面へ横たえながら、ニヤリと笑みを浮かべたサキュドがごろりと転がって口を開いた。
その顔には、手痛い敗北を喫したにもかかわらず口惜しさは無く、ただ達成感のような清々しさだけが漂っている。
「ヘッ! 負け惜しみはみっともねぇぜ! お前らは俺達に負けたんだ!!」
「…………そうだね。君たちはこれから、僕たちの町で処刑される。大人しく降伏するのなら……テミス。人間である貴女だけなら……」
そんなサキュドの言葉に、業を煮やしたファルトが大声で怒鳴り付け、冷ややかなミコトの声がその頭上を通り過ぎてテミスへと投げかけられた。
他の軍人たちとは異なり、自らの目的を持つミコト達にとって、この勝利はただエルトニアへと差し出すには惜しい、垂涎の代物だった。
故に。レオン達の中で最も策謀に長けたミコトが、部下を失い、一人残る形となったテミスへ交渉を試みるのは、当然の考えだといえるだろう。
「ククッ……ハァ~ッハッハッハッハッ!! 可笑しなことを言う。まるで何も見えていないな。小僧」
「――っ! どういう意味ですか? 僕が何も見えていない……と」
「笑止。貴様の言い分ではまるで、魔族である事が既に罪であるようではないか」
「っ……! 違うっ!!」
だがしかし、マグヌスはそんなミコトの心中をも見透かしたかのように、大きな笑い声をあげて口を挟む。
マグヌス達にとって、自分たちは本命の為の時間稼ぎ。まさか敗北する等とは夢にも思わなかったが、その役目を果たす事ができれば問題は無い。
現に。テミスが練り上げる魔力はこうしている間にも増幅し、マグヌス達には、今やその濃密さはギルティアへ迫る程に感じられていた。
故に。自分たちの仕事を完遂したと確信したマグヌス達は、敗北の悔しさを味わう以前に、主の命に応える事のできた満足感に身を委ねているのだ。
「僕はただ――」
「――もう良い」
そんなマグヌスの言葉にミコトの顔に一瞬だけ動揺が現れ、まるで抗弁するかの如く言葉を荒げる。
けれど同時に、静かな声でミコトの言葉を阻みながら、一歩進み出たレオンによってその抗弁は虚空へと消えていった。
「お前らに構っている暇は無い」
地面に這いつくばるサキュドとマグヌスへ冷淡にそう告げた後、レオンはカチャリと音を立てて、装填の済んだガンブレードをテミスへ向けて突き付けた。
だが、当のテミスは剣を捧げ持つ騎士のような格好で目を閉じたまま、レオンの言葉に一切反応をする事は無かった。
「投降するのならば、剣を捨てろ」
「…………」
「聞こえているのか!? 剣を捨てろと言っているッ!!」
「…………」
「っ……!! 剣を捨てて投降しろッ!」
レオンは再三にわたってテミスに呼びかける。しかし、相も変わらずテミスはまるでその言葉が聞こえていないかのように黙殺し、瞳を閉じたまま剣へと向かい続けていた。
「……まさか」
「テミス……様……ッ!!」
ここに来て、地面に這いつくばる二人の顔に、明らかな焦りの色が浮かび始めた。
傷付いた体を無理矢理に動かし、萎えた手足に気力を注ぎ込んで。自らの主へ切っ先を向けるレオンへと腕を伸ばした。
「邪魔だ」
だがしかし、レオンは足元を一瞥すらする事なく、伸ばされた腕を切り落とそうとテミスに向けた切っ先を僅かに持ち上げた。
――その刹那。
「ククッ……」
微かな嘲笑が響き、振り下ろされかけたレオンの腕を止める。
「マグヌス、サキュド。時間稼ぎご苦労だった。お陰で存分に振るえそうだ」
テミスの声と共に、暴風のように強烈な魔力の奔流が迸ったのだった。




