381話 絆奏でる交響曲
「っ……行くぞ!」
ひとたび離れ、睨み合いの膠着状態に陥った戦況を動かしたのはレオン達だった。
静かながらも強靭な意思の籠った宣言と共に、レオンは一人、部隊の先頭から飛び出して、武器を構えるマグヌスとサキュドへ向けて駆けていく。
「破れかぶれの特攻……? いや……」
その、一見無謀にも見える突撃を見たマグヌスは、脳裏に過った可能性を即座に切り捨てる。彼等は、何よりも自分の仲間の命を尊重する者達だ。仮にあのレオンという男が特攻をしているのだとしたら、その背を見守る仲間達の目があんなにも使命と信頼に燃えてはいまい。ならば、必ず何かの策があるはずだ。
マグヌスはそう考えると、即座に意識を切り替え、向かって来るレオンへ意識を集中させる。その隣では、サキュドも同じ考えに至ったのか、薄い笑みを浮かべてレオンへ愉し気な視線を注いでいた。
――構えは下段。今までの奴の攻撃より、多少姿勢が低いか……? 他に感じる違和感と言えば、あの魔法を放つ厄介な刀身が、完全に真後ろへ向けられている所だろうか?
「フフ……フフフッ!! 良いぞッッ!!」
マグヌスは早々に観察を終えると、高らかに雄叫びをあげて自らの太刀に魔力を集中させる。
観察の結果、マグヌスが導き出した答えは単純なものだった。
敵が死力を賭して挑んでくるのだ、ならば此方も相応の技を以て応じるのみ!!
気合と共にマグヌスが魔力を込めると、周囲の空気がチリチリと熱気を帯びて焦げ付き始める。そして、瞬く間にマグヌスの太刀の刀身を紅蓮の炎が刀身を包み込んだ。
「……奥義・竜炎爪」
小さく呟きながら、マグヌスは炎の燃え盛るその太刀を八双に構える。同時に、刀身に纏う炎が一気に白熱し、煌々とした光と熱を放ち始めた。
無論、全てはレオンの技に対応する為。下段に構えたレオンの攻撃を切り上げ、もしくはそれに類するものと読み、圧倒的な力と熱量で弄する小細工ごと叩き潰す算段だった。
「フン……相変わらず脳筋ね」
しかしその一方で、サキュドは射貫くようなその冷徹な眼差を、後続の三人へと向けていた。
この一撃には必ず何か意味がある。
そう直感したサキュドは、第一撃をマグヌスへ任せ、自分は必ず来るであろう追撃に対応すべく、握りしめた紅槍に魔力を込めた。
「っ……!」
ぎしり……。と。噛み締められたサキュドの唇を、鋭い犬歯が破って血が滴る。
だが、サキュドはそんな事を気にも留めず、僅かに下がって追撃に備える三人へ意識を集中させた。
狙いは何処だ? レオンの攻撃に合わせてマグヌスを一気に叩くか? 若しくは、最大火力でマグヌスを抑え、本命は私か……?
それとも――。
刹那の内にそれぞれの葛藤が過ぎ去り、互いの間合いが触れ合った瞬間。
「セイッ……!!」
「っ――!?」
気迫のこもったレオンの声と共に一発の銃声が鳴り響き、マグヌスの眼前からその姿が掻き消えた。
それはまるで、時折テミスが見せる雷光の如き迅さの突撃のようだった。だが、テミスのそれと異なる所が一点。その凄まじい迅さで移動したはずのレオンの姿が、懐はおろか瞬時に周囲に目を走らせた所で、どこにも見当たらないのだ。
「っ~~!! 上よッッッ!! マグヌス!!」
「――っ!!!!」
鋭いサキュドの叫びが響き、マグヌスの太刀が瞬時に上空からの攻撃に備えて、防御の構えを取る。
続いて向けられたマグヌス達の視線の先、そこにはガンブレードを振りかぶるレオンの姿があった。
「獲ったッ……!!」
即座に閃いた紅の槍が、レオンに向けて狙いを定める。
奴等の作戦はやはり、確実に片方を潰す事ッッ!! そのために、切り札であろうこの男の攻撃を囮に使い、後続の二の矢でマグヌスの防御を貫く作戦なのだろう。
けれど、もう手遅れ……。
サキュドの口角がニヤリと歪み、悠然と構えられた紅槍がその手に番えられる。
この距離で、私が槍を外す事は無い。同時に、サキュドがミコト達の第二撃が到達するまでの間に、レオンを刺し貫いた槍を引き戻して対処するのは容易な事だった。
――だが。
「フッ……」
ニヤリ。と。
空中でマグヌスへ向けてガンブレードを構えている筈のレオンが不敵な笑みを浮かべた瞬間。
再び一発の銃声が鳴り響き、その姿が掻き消える。
「なっ……!!? くっ――!!」
だが、今度はその移動先を見失う事は無い。
サキュドは即座に、上空へ向けて番えていた槍を軸に無理矢理体を回転させ、その後ろへと身を翻した。
何故なら、サキュドの耳は確かに、自らのすぐ背後で土を踏む音を捕らえていたからだ。
「遅い。全弾発射ッ!!」
しかし、レオンはすかさずトリガーを引くと、全霊の魔力を込めてガンブレードをサキュドに向けて叩き付けた。
「フッ……ウッ……キャァッッ!!!」
「サキュドォッ!!! ――クッ……オオオオォォッ!!」
その結果、サキュドは爆炎を纏って大きく吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた後、数度転がってその動きを止める。
マグヌスは一瞬、表情を歪めてサキュドの名を叫ぶが、すぐにその燃え盛る太刀を、剣を振り抜いた直後のレオンに向けて振り下ろして叫びをあげる。
「その蛮勇ッ!! 燃えて散れェッ!!」
「さっ……せッッるかぁぁぁァァッッッ!!!」
「シルトッッ!! 九重唱ッッッ!!!」
「僕だってッ――!! 穿てッ! 穿甲弾ッッ!!」
しかし、その刃の先にシャルロッテの放った防御術式が現れ、次々に砕かれつつもその剣勢を削いでいく。同時に、猛獣のような咆哮と共に飛び出したファルトが迫り、その死角からレオンを庇うように放たれたミコトの弾丸が、マグヌスの身を狙っていた。
「チィィッ……!!!」
だが、マグヌスとて百戦錬磨の武人。ただ追い詰められただけで諦めるような男ではなかった。
舌打ちと共に、力任せに燃え盛る太刀の軌道を横薙ぎに変えると、その灼熱の刀身でミコトの放った弾丸を蒸発させ、迫り来るファルトの斬撃に叩き付ける。
けれど、剣勢の削がれた剣で全力を賭したファルトの一撃を受け切る事ができず、マグヌスの剣は大きく弾かれ、甲冑が辛うじてその刃を受け止め……。
「ヌアアアッッ!!!」
剛力を以て振り下ろされたファルトの剣はマグヌスの巨体をも吹き飛ばし、その強靭な体を地面へ転がした。
そして、二転三転として勢いの止まったマグヌスの傍らに、白い煙を細く立ち昇らせる彼の太刀が突き刺さったのだった。




